酸による復讐(3)
2015年09月02日付 Jam-e Jam紙

---- 酸かけ行為に走った動機として失恋を挙げる人がいるのは、どうしてでしょうか。ある人に好意を抱いた人が、酸をかけることでその人を傷つけるといったことがどうしてできるのでしょうか。

「愛しすぎたためにこのような行為をしてしまった」とか、例えば「自分とは結婚したくないと言われたので、別の人間と結婚できないよう、顔に酸をかけた」とか言うような人たちは、〔自分の人生への〕期待感が大きすぎて、どの分野のことであれ、自らの失敗を受け入れられない。このような人たちは、ある人と知り合うと、すぐにその人に対して所有の感情を抱いてしまい、「自分が命ずるよう、相手側も行動すべきだ」と考えてしまう。

これらの行動上の特徴に加えて、彼らは自分のことをよく理解しておらず、さまざまな状況で自らの感情をコントロールすることができない。怒りの感情を覚えると、話し合いをして自分の怒りを鎮める代わりに、危険な行為に走ってしまう。彼らには自分の感情が分からないためだ。

自分の感情を正確に認識すれば、さまざまな感情に対してより合理的な対応を自らの内から引き出すことも可能となるのである。

---- 自分について、どうしたら正確に理解することができるのでしょうか。

こうした理解は、人の幼少期にその源がある。私たちは子供の頃から、自分を知るための教育を受ける必要がある。ところが残念なことに、子供たちに行っている私たちの教育システムでは、こうしたことが行われていない。例えば、私たちが自分の息子に対して「男は泣くもんじゃない」などと言うと、私たちは自分の感情を表出したり、それについて誰かに話したりしないよう、彼に強いることになる。この小さな少年が大人になったとき、自分の不快な感情を自らの中で解消してしまうことに慣れてしまう。こうしたことが、将来彼の行動上の障害の発生原因となり得るのである。

私たちは自分たちの子供たちに、自分の感情を表に出し、何が好きなのかについて話したり、嫌いなものは嫌いと言ったりするよう、教育すべきである。もちろん、これらの教育と同時に、他者を尊重する気持ちや、他者を攻撃してはいけないといったことを教えることも必要だ。


つづく


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(翻訳者:EM)
(記事ID:38738)