「私は今、テヘラン大学の学生」〜イランで教育を受けてきたあるアフガン人移民の話(1)
2015年09月21日付 Jam-e Jam紙


【ジャーメ・ジャム紙10面:社会部:ミーナー・モウラーイー】21歳になるヌーリーイェ・ホセイニーは、テヘラン大学統計学科の学生で、イラン在住のアフガニスタン人だ。2つの国の国境を違法に通過した移民である彼女とその家族が〔イランで〕得ている空間は、テヘラン・ハーヴァラーン地域の南に位置するハーシェムアーバード地区の、小さな家にすぎない。

 彼女たちが我が国の「ゲスト」となって、すでに18年が経った。私たちはヌーリーイェとともに、彼女の「人生のカレンダー」をめくり、「今日」に至った。そう、不法移民であっても、イラン人の男女とともに同じ教室で机を並べ、学ぶことができるという、あのよきニュースがアフガン人移民らの間で口々に噂になっている、まさに「今日」である。長年の夢が、今や現実のものとなっているのだ。

---まずは自己紹介からお願いします。

ヌーリーイェ・ホセイニーです。73年〔西暦1994/95年〕にアフガニスタンで生まれた一人っ子です。3歳の時に家族と一緒にイランへ移りました。詳しく述べると、私と母は、父方のおじとその家族とともにイランへやって来たのです。父は私たちより先にイランに来ていました。父のイラン行きの1年後に私たちも移り住んだのです。

---どのような経緯でイランを生活の場として選んだのですか?

私はとても小さかったので、当時のことはよく覚えていませんが、ターリバーンによる圧政のために、多くのアフガン人にとって生活はきつかったと聞いています。衛生状態も悪く、ヴァルダク州〔※アフガニスタン中部〕では、教育の面でも、保健衛生の面でも、さらには交通や治安の面でも、いかなるインフラ・利便性も存在しませんでした。ターリバーンはバスを道端で止めて、〔国外に脱出しようとする〕多くの乗客を殺しました。私たちが無事イランに来られたのは、運がよかったです。よりよい状況下で暮らすために、私たちはここに来たのです。

つづく


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(翻訳者:YS)
(記事ID:38759)