「私は今、テヘラン大学の学生」〜イランで教育を受けてきたあるアフガン人移民の話(3)
2015年09月21日付 Jam-e Jam紙

---登録は簡単でしたか。

この滞在証を持っていたにもかかわらず、登録にはとても時間がかかりました。校長先生には「私たちのところには通達がまだ届いていない」と言われました。私と母は許可を得るために、州庁舎や大使館、さらには教育省にまで赴きました。もちろん、私や同胞たちがイランの学校で受ける教育は、無料ではありませんでした。いつも学費を払わねばならず、この費用を用意するのは多くの人にとってとても大変で、教育を続ける際の障碍となっていました。

---登録後は、勉強を続けるにあたって他に困難はありませんでしたか。

中学1年のクラスに入ったときのことですが、学校が始まってから1週間とたたない頃、私の滞在証に問題が発生しました。というのも、私の滞在証が〔テヘラン州〕パークダシュト〔県〕で発行されていたからです。私は二週間、学校を追い出されてしまいました。パークダシュトの学校に通うよう言われました。この二週間のうち一週間は、〔テヘラン市の中央に位置する〕イマーム・ホメイニー広場にある自主運営の中学校に通い、もう一週間はこの問題が解決されるまで家で過ごしました。そしてついに校長先生は、私の滞在証がテヘラン〔市〕でも有効であることを認めてくれました。

---それ以降は、もう問題は解決しましたか。

ええ、幸いにも。校長先生が厳しいと、私たちはいつも困難にぶつかりました。〔でも〕これ以降は、厳しい校長先生はいませんでした。

---あなたは勉強好きな子供だったみたいですね。どんな状況下でも、勉強を続けてきましたよね。

私は勉強が本当に大好きで、成績はいつもよかったです。高校でも数学を勉強していました。この頃からいつも、いつかは大学に通うんだと考えていました。

つづく


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(翻訳者:8413306)
(記事ID:38774)