「行きずりの交際」がもたらす後悔の涙(1)
2015年11月25日付 Jam-e Jam紙


【ジャーメ・ジャム紙別冊タペシュ7面】未婚女性の殺害、〔女性に対する性的〕虐待、そして恐喝は「行きずりの交際」のドラマの一場面であり、昔から現在に至るまで、私たちはこうした場面を目の当たりにしてきた。事件記事にちょっと目を通せば、こうした交際が痛ましい結末を迎えているのを知るものだ。

 こうした関係は、最初は結婚を前提とした交際の甘い香りとともに始まるが、最後は双方のうちの一方――たいていは若い未婚女性だが——にとって、辛い思い出を残す。多くの場合、行きずりの偽りの愛で始まり、一時の感情をきっかけとする男女間の「秘められた関係」は、表面的にはごく単純なことのように思えるかも知れない。しかし、こうした関係で発生した犯罪の統計は深刻なものであり、しっかりとした議論の余地があるのだ。

 女性たちはこうした状況の中で、様々な被害を受けている。彼女たちは倫理的に堕落した犯罪グループに囚われたり、色欲と金銭欲にまみれた輩のゆすりの材料にされたりして初めて、自分の犯した間違いを悟る。そして彼女たちは最後には、非行に走ったり、鬱に陥ったり、自殺をしたりするのである。

 近年、少年少女の出会いは、インターネットのチャットやプライベートなパーティ、公園、通り、教育機関、その他類似の場所で始まり、事態を見過ごしたり不注意だった両親は、最後には〔子供たちの〕取り返しのつかない行動に直面することになる。そしてよくてもせいぜい、〔「傷物」になった〕我が子が必要な条件を備えていないような人物と否応なく結婚することに、彼らは同意する羽目に陥るのだ。

 これほどの事件記事がありながら、通りすがりの「不適切な信頼」がもたらす、間違いだらけの心痛む結末がいかなるものなのかが分からない、などというようなことは許されないだろう。〔‥‥〕

 それにしても、こういったニュースや出来事がこんなに報じられているにもかかわらず、時として取り返しのつかない後悔をもたらすような辛い経験を進んで味わおうとする人がいまだ少なくないのは、どういうわけなのだろうか。この疑問に対して、合理的な解答を見出す試みがなされている。

 心理学者で大学教授のモフセン・ホセイニー氏は、若者の間で徐々に増えている無規範的行為の原因について説明してくれた。

つづく


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(翻訳者:PM)
(記事ID:39341)