塩湖のほとりで渇きに苦しむチェシュメ・シュール村のつらい現実(1)
2016年07月27日付 Iran紙


【イラン紙9面:マルヤム・ターレシー記者】「あなたに神の恵みあれ。私たちを助けに来て下さったのね?さあ、こちらに来て、私たちがどんな状況に置かれているか、見てちょうだい」。女性はこう言って、泡だらけの両手を上に上げて振ってきた。〔‥‥〕

 モルダード月[7月下旬~8月中旬]の正午の太陽に照らされたチェシュメ・シュール[「塩からい泉」の意]村は、塩湖を背後に、乾ききって灼熱を帯びているようにも見える。村はまるで、塩によって「ケバ線」が描かれたかのようだ。

 ゴムからハリージェ・ファールス[ペルシア湾]高速道路を50km行くと、チェシュメ・シュール送油施設の看板が見えて来る。そこから幅の狭い道路が村の方へとカーブしている。村は幹線道路からそれほど離れていない。[道路を境に]右側に村が、左側に送油施設がある。両者にはこれといった有意味なつながりはない。




 服の洗濯に忙しい女性たちのなかの1〜2人がナルゲス[※女性の名]の隣に来て、黙って彼女の話に耳を傾けている。

この一年間、水がないのよ。以前も水はそんなになかったけれど、井戸はまだ完全に干上がってはなかったわ。今ではタンクローリーで水が運ばれてくるのよ。週一回。でも水質が悪くてね。変な味がするのよ。ここじゃ、みんな病気になっちゃってますよ。私も子どもたちも、これまで何度もマルタ熱にかかりましたさ。

私たちがここに来たのも、致し方なくだったのよ。[都会の]ゴムで住む家を借りていたんだけど、家賃が払えなくなってね。夫は十年間、寝たきり。一年半前に死んだよ。子どもを何人も抱えたやもめに、何が出来るって言うんだい?ここでも、状況はご覧の通り。服を洗濯するにも、ポンプのところまで行かなきゃいけない。私の住んでいる家は村のあちら側でね。容器をいくつも手押し車に載せて、ここに運んで来て、水を入れるってわけ。[‥‥]みんなこうしてるよ。手押し車で水を運ぶのさ。

つづく


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(翻訳者:PM)
(記事ID:40990)