シャフレ・レイにあるリトル・アラブの暮らし~ドウラトアーバード地区ゴドゥス通りを歩く~(1)
2016年09月15日付 Iran紙


【イラン紙9面:モハンマド・マアスーミヤーン】シャフレ・レイのドウラトアーバード地区にあるゴドゥス通りを歩けば、まるでバグダードの通りを歩いているかのような体験が味わえる。テヘランでは他にお目にかかることのない、〔アラブ料理の〕ファラーフェルやアラブ風のサモサ、イラクやレバノン風のお菓子などが、そこかしこで売られているのだ。

〔‥‥〕

 客で賑わうあるキャバーブ屋のウィンドウには、「イラク風キャバーブ」の文字がみえる。客の出入りが激しく、混雑そのものである。店主に、アラブ風キャバーブとイラン風キャバーブの違いを尋ねてみる。「アラブ風キャバーブはイランのよりも脂っこくて、玉ねぎはあまり使わないね。例えば、肉10キロにつき、刻む玉ねぎは2玉ってところだな」。

 こう答える店主は30歳、イラクからイランに移り住んできた。アラブ訛りで「私たちは元々イラン人なんだよ。両親はレザー・シャー時代に、『隣人』になるためにイラクに移ったんだけど、サッダームが政権を掌握すると、イラン人だという理由で国外追放にされ、イランに舞い戻ってきたってわけさ」と話す。

 この地区に住む人々で最も多いのはイラクから来た人々で、とりわけナジャフ、カルバラーそしてカーゼマイン出身者が多く、皆シーア派である。彼らの多くは数十年前に、「隣人」になるため、もしくは仕事のためにイラクに行き、サッダーム・フセインの政権掌握後に「帰還者」としてイランに戻ってきた人たちの子どもたちである。ここで言う「隣人になる」とは、イラクにあるイマームたちの聖廟の近隣に住む、という意味であり、多くの人が〔今も〕イマームたちへの愛ゆえに、こうした行動に出る。豊かな生活を送る一部のイラン人たちが、少なくとも年に数ヵ月間、「隣人」になっているというのは、実に興味深いことである。「隣人になること」はサッダームが政権を握り、「強要された戦争」〔※イラン・イラク戦争〕が起き、イラクの治安が悪化する前までは、よくあることだった。

 イラクからの帰還者に加え、近年では多くのシリア人もイランに来ており、彼らの多くはシャフレ・レイで働いている。彼らの大半はペルシア語を話せないが、微笑みという名のボディー・ランゲージによってイランでの生活を謳歌していることを表現している。

つづく


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(翻訳者:IM)
(記事ID:41325)