シャフレ・レイにあるリトル・アラブの暮らし~ドウラトアーバード地区ゴドゥス通りを歩く~(2)
2016年09月15日付 Iran紙


 この地区で活況を呈しているように見える仕事の一つに、航空機チケットを扱う旅行代理店がある。その内の一軒に入ってみる。店内の装飾が飛行機とよく似たシックな事務所だ。曇り空を眺めることができる、まさに飛行機の小さな窓のようなものも見える。褐色の肌をした若い男性が電話を手にして座り、大きな声でアラビア語を話している。

 この代理店の店主であるヘイダル・マランディー氏は24歳。高卒だが、なかなかのビジネスをしている。「両親がイランからここにやって来て35年、私はテヘランで生まれました」。ヘイダル氏は聖地参詣の旅以外でイラクに行ったことはなく、同地にいる友人・知人たちと行き来することは多くないが、彼の両親は今でも、イラクを行ったり来たりしているという。

親戚に会ったり、空気を変えたりするためにイラクからイランに来る人たちの多くが、ここにやってくるんです。だって、ここの方が自分たちに合っているような気がするし、気楽ですから。そんなわけで、ここの文化はイラクやアラブ諸国にとても近いんです。

 「あんまりアラブ人が多いので、ロル人やトルコ人〔※アゼルバイジャン系のイラン人たちを指す〕の店主たちの中には、アラビア語を覚えちゃった人もいるんですよ」と笑う。

 ここの人々は、「アラブ人街」という俗名に反して、自身をイラン人とみなしている。彼らの多くはイラン人の身分証明書を持っており、イラン人であることを誇りとしている。移住して何年も経った今、彼らはシャフレ・レイに落ち着き、経済的状況もまずまずである。彼らは隣人として隣り合い、穏やかな生活を送っており、テヘラン市の北部にある高級地区に移ってバラバラになろうという気は彼らにはない。

 彼らはここを愛している。なぜならここには、アラブ風の生活を象徴するものが集まっているからだ。アラビア語を話し、アラブ料理を食べ、アラブ風の服装をするイラン人たち。しかし今、地区の一部の商店主は、市に対して不満を募らせている。彼らが言うには、市はしばらく前から、店の表の表記をペルシア語に変えるよう圧力をかけているという。そこには、この地域がなぜ美しいのか、これっぽっちの考慮もない。

 欧米の中国人街やアラブ人街は、これらの国々の主要な観光名所の一つとなっている。それだけではない。これらの国々の政府は、こうした地区のサブ・カルチャーを強化することで、自国のナショナル・カルチャーの魅力度アップにも努めている。

 読者諸賢にお尋ねしたい、シャフレ・レイのゴドゥス通りの整備を目的に、店の看板や表の表記をペルシア語に変えてしまうとする市の行政機関の政策は正しい言えるだろうか?

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(翻訳者:MSK)
(記事ID:41326)