故郷はここだけ―急激に変わりゆくエスファハーン・ジョルファ地区のアルメニア人街(4)
2016年12月22日付 Iran紙

 ハチャトゥリアンさん一家の若い息子であるメフル・ホダーバフシーさんは、店の経営で母親を手伝っている。小ぎれいな格好をした、親切な青年だ。ジョルファ通りをぶらつく若者たちと同年代の彼に、これらの若者たちはみんな何をしているのか訊いてみた。すると、彼は笑って、次のように言うのだった。「ここはエスファハーンのシャンゼリゼ通りですよ。どの人も何かしらの用があって来るのです」。彼もまた、今の状況のことをあまり快く思っていないようで、人通りの多さが自分たちの商売の邪魔になっているのだという。

 彼はジョルファ地区を訪れるのに一番いい時期はクリスマスのときだと、私に説明してくれた。

店の前にはサンタクロース〔の人形〕を置いて、お祭り用の特別な飾りをするんです。そして「パスカ」〔※復活祭の期間中にキリスト教徒が食べるパン〕のような特別なお菓子を作ったり、クリスマス用のキャンディを作ったりするんです。この通りの雰囲気もガラッと変わりますよ。

 広場には若者が溢れ、柵の上に腰掛けている。空いたスペースを見つけるのが困難なほどだ。広場の中央も混み合っており、誰もが携帯電話をいじっているか、セルフィーを撮っているかしている。大きなパーティーでも開かれているかのようだ。

 広場の周辺にあるサンドイッチ屋や喫茶店は閑散としている。アーケードの下にある〔‥‥〕果物屋や食料品店、そして数店のカフェが心地よい雰囲気を作り出している。タヴァン・キャマルザリヤンさんはジョルファ地区の古くからの住人の1人だ。彼はアーチの下の端に友人と腰掛け、お喋りをしていた。彼は地区の昔の姿について、次のように話してくれた。

ここには昔、木製のアーチがあってね。土曜日になると、昔ながらのバザーが開かれたものさ。そこじゃ、それこそ「ニワトリのミルクからヒトの命」まで、珍品が何でも見つかったもんだ。ここは昔のキャラバンサライ(隊商宿)の裏手だったんだが、今じゃゴミ置場となっている。ホテルを建てようっていう計画があるそうだ。ここにあるこのカフェも、昔はアルメニア人が通うハンマーム(浴場)だったんだ。店にはどこも木製のドアがあったなあ。建築が許されていない教会の周りを除いて、ほとんどの場所がアパートになっちゃったよ。

つづく


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(翻訳者:OI)
(記事ID:41992)