「失われた名誉」—「ノー」を言う術を学ばなかった少女の悲劇(1)
2016年12月22日付 Iran紙


【イラン紙18面:事件部】その若い少女の目は涙に濡れ、絶え間なく「失われた名誉」のことを口にし、自らを責めていた。恐怖心からか、ルーサリー(スカーフ)をひっきりなしに顔の前に引きながら、彼女は次のように話すのであった。

「時代に乗り遅れたくなかったんです。友達から遅れてるって思われたくなかったんです。本当です、ああいったパーティーに足を踏み入れたのは、初めてのことだったんです。でも‥‥」。

***


何年か勉学に励んだ後、私はエスファハーン大学の志望学科に合格しました。私は一人っ子で、当初両親は私が地方に行くのを嫌い、私のエスファハーン行きに強く反対しました。私が強く懇願し、〔決して期待を裏切らないと〕約束したので、両親はやっと妥協してくれたのです。

〔‥‥〕

私は宗教的な一家に育ったこともあり、一部のルームメートの行動に私は我慢がなりませんでした。またその一方で、私は寮がゴミゴミしていることも嫌でした。そこで、私は家族と相談した結果、人柄や倫理的な観点から私に近いと思われた大学の友人数名を選び、家を借りることにしたのです。

はじめはすべて順調でした。ところが時がたつにつれ、ハウスメートたちはいつも遊んでばかりいるひどい遊び人で、「特殊な」パーティーに入り浸っていることに気がつきました。

本当のことを言うと、もしこのことについて家族に何か言おうものなら、私のエスファハーン暮らしを許してはくれないだろうと、私はビクビクしていたのです。私が〔電話で〕母と話すときにはいつも、両親が気に入るような人たちのように友達のことを説明していたのは、そのためです。

つづく


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(翻訳者:NY)
(記事ID:42029)