「失われた名誉」―「ノー」を言う術を学ばなかった少女の悲劇(2)
2016年12月22日付 Iran紙

もちろん、友達の輪から外されないよう、また時代や流行に乗り遅れた人間だなんて陰口を叩かれないよう、彼女たちのやり方に付き合ってきました。ところがしばらくたつと、私は友達の強い勧めで、服装の種類を変えるようになりました。笑いものにされるのが嫌で、お祈りもこっそりとするようになり、お祈りそのものをしないこともありました。

また、家族から離れての一人暮らしは、私にとって大きなストレスだったため、次第に彼女たちが行くようなパーティーやら集まりやらに足繁く通うようになりました。

時がたつとともに、すべてが私にとって違う色調、雰囲気を帯びるようになりました。大学に入った当初はクラスメートの男子に挨拶することすら嫌だったのに、彼らとふざけ合うのも抵抗を感じなくなりました。以前なら想像すらできなかったような理解困難なことを、彼らと一緒にやるのも、まったく嫌ではなくなりました。

そんなときのことです、こうした付き合いの中で、友達の一人が私を含むクラスメートたちを男女混合のパーティーに招待したのは。私にとって、すでにすべてのタブーが破れていました。なんの罪悪感も感じることなく、私は友達と一緒に行きました。不思議な場所でした。音楽の音が大きすぎて、声がほとんど聞き取れませんでした。最初はルーサリー(スカーフ)をかぶって〔端の方にちょこんと〕座っていました。ところが友達に乗せられて、私はルーサリーを脱ぎ捨て、〔男女が踊る〕舞台のセンターに躍り出て、彼らと一緒に〔踊り〕ました。

私は快楽に耽り、我を忘れていました。そのため、私のことを誰かがビデオに撮っていたとは、まったく気がつきませんでした。夜中にクタクタに疲れて帰ると、すぐにバタンキューとなりました。次の日の朝、電話が鳴りました。母が電話の向こうでなにやら叫んでいました。母から今までに一度も聞いたことのないような単語が耳に入ってきました。〔‥‥〕

「あんた、約束を破ったね。あんた、勉強する代わりに、パーティーに行くようになっちゃったんだね!?ヘジャーブも身につけなくなるなんて、どこまで恥知らずになったんだい?あんたはね、私たちの信頼を裏切ったのよ。これ以上ひどいことが起こる前に、一切合切やめて、すぐにうちに帰ってらっしゃい」。

私は最後の言葉を聞いてひどくショックを受け、起き上がることすらできなくなりました。〔‥‥〕いろいろと調べて分かったのは、パーティーの夜、私の親戚の一人がそこにいて、私の様子を写したビデオや写真を撮り、それを私の家族のもとに送ったということでした。

今では、私は自分の影に怯えるまでになっています。勉強をやめたくはありませんし、一方で家に帰る勇気もありません。家族が私のことをどう思っているのか、分からないのです。私は自分のしたことを本当に後悔しています。どうか私を助けて下さい。私をここから救い出して下さい。

〔‥‥〕

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(翻訳者:NBYR)
(記事ID:42030)