「クーレバル」――生活のために肩を歪めざるを得ない者たち(3)
2017年02月07日付 Mardomsalari紙

 当然だが、雪崩の発生当時、何人がそれに巻き込まれたのかについて知る由もなく、それゆえサルダシュトの危機管理調整委員会は通達を出して、家族の中に行方不明者がいる場合や、この事故に巻き込まれた可能性が推察される場合は、直ちに警察署を直接訪れて、その旨を伝えるよう市民に呼びかけた。

 村の住民らが地元の男たちを失った悲しみに打ちひしがれている中、その2日後、新たに3人が吹雪の中で遭難し、九死に一生を得たとのニュースが伝えられた。今回については救助隊員らが村人よりも早く遭難者のもとに到着して、彼らを救助している。

クーレバルの仕事もいっぱしの職業?

 クーレバルという言葉は、私たち多くの者にとって縁遠い、聞きなれない言葉である。まるでこの言葉が私たちの語彙に加えられて、数日しかたっていないかのように感じるほどだ。そう、クーレバルたちが雪崩の下に埋もれ、サルダシュトの山岳地帯の骨まで凍える寒さの中で命を落とした、まさにあの日から、私たちの語彙に仲間入りしたかのようだ。

 しかし実際のところ、これはどういう職業で、どのような人々をクーレバルと呼ぶのだろうか。クーレバルたちの痛ましい死が報じられた後、最近人々は時折思い出したように、唇を噛みしめながらこう問う。そして誰もが断片的な知識にもとづいて、〔適当に〕それに答えるのである。

 さて、答えはこうだ。クーレバル(運搬人)たちとは、各々の生計を立てるために仕方なしに商品を運搬している、国境地帯の労働者たちのことである。彼らは茶や布地、テレビ、水晶、食料品などをやせ細った肩に担ぎ、税関を通ることなく、山を越えて国内に持ち込む。

 ここで言っているのは、大規模密輸業者のことでもないし、大小さまざまな犯罪組織のことでも、その他あれやこれやのことでもない。彼らが運ぶ商品の持ち主は、電話口で数分間、一言二言やり取りするだけで品物をあちらからこちらへと動かし、自分の口座の残高を知らせるショートメッセージの着信音を聞いてはほくそ笑む人たちである。

 しかしクーレバルに従事するこの痩せた白髪交じりの40歳の男性——彼はまるで60歳以上であるかのようにも見える——は、重たい荷物一つにつき、たったの約5万トマーン(1500円程度)程度の報酬しか受け取ってはいない。自分から進んでやっているわけではまったくない。ただただ、「家のかまどの火を維持する」ため、つまり「かまどが冷たくなって、子どもたちの頬が黄色くなる」〔※〕ような事態を防ぐため、なのだ。要するに、取るに足らない報酬でも、「ないよりはマシ」というわけだ。

※訳注:「家のかまどの火を維持する」とは、「家族が食べる最低限の食事を確保する」の意で、「かまどが冷たくなる」はその反対に、「釜の蓋が開かなくなる」(食べるものがなくなる)事態のこと。子どもたちがきちんと食事をとっていれば血色がよくなって頬が赤くなるが、食べるものがなくなると子どもたちから生気が失われて、「頬が黄色くなる」(頬がこける)と比喩的に表現している。

つづく


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(翻訳者:CHI)
(記事ID:42334)