陸上競技のおかげで将来が開けたディヤルバクルの少女―夢は東京オリンピック
2017年08月02日付 Cumhuriyet紙


ディヤルバクル出身のメルイェム・ベクメズ選手(16)は陸上競技のおかげで結婚させられることから免れ、高校へ通い、地元の少女たちの見本となった。陸上競技の「競歩」種目にお いてトルコのレコードを打ち立てたメルイェム選手の目標は、2020年の東京オリンピックで金メダルを獲得することだ。

ディヤルバクルのシルベ村で生まれたメルイェム・エクメズ選手が2013年に中学一年生だったとき、トルコ陸上競技連盟のチェティン・アスランが来て有望選手の候補を選んだ。その一人がメルイェム選手だった。学校間の選抜における3キロのレースで県内1位、その後トルコ国内で1位になった。同年に代表チームのキャンプに招待され、参加したギリシャでのバルカン選手権で一位となった。

本紙のギュルデン・アイドゥン氏の記事によると、チェティン・アスラン監督はメルイェム選手が競歩選手たちをとてもうまく真似しているのを見て部門を変えた。2015年にトルコ国内のレコードを打ち立てたあと、グルジアで行われたヨーロッパ・ユース選手権で5キロ部門に「ユース」、10キロ部門に「ジュニア」として、翌年もチェコで開催されたヨーロッパ・ユース選手権で一位になった。

メルイェム選手は7月12~16日にケニアで行われた世界ユース選手権で5キロ部門において100分の49秒の差で二位になった。120か国から選手たちが参加したレースではロシア、中国、メキシコ、コロンビア出身の競歩界の中でも最精鋭の選手たちを抜き去った。7月20日にもイタリアで行われたヨーロッパ・チーム杯のジュニア部門で、そのたぐいまれなる能力により、自身より2歳年上の選手と競い、二位になった。

トルコ陸上競技連盟のパランドケン・キャンプから最近戻ったメルイェム選手は、毎日15キロ歩き、「金メダルのために努力している」と言った。

チェティン・アスラン監督は、競歩が1928年に陸上競技の一つの種目として追加されたと話し、以下のように述べた。「メルイェム選手はスポーツ人生の中で4回オリンピックを迎えます。その初めが2020年の東京オリンピックです。金メダルのために彼女は頑張っています。トルコの誇りになるでしょう。連盟は彼女の訓練とその能力からメルイェム選手に大きな期待をかけています。南東部初の女子陸上選手です。ディヤルバクルだけでなく南東部の全少女たちの見本になりました。たとえば、現在私がトレーニングしている150人の子供のうち110人が女子です。」

■南東部の少女たちの見本となった

 もしメルイェム選手が見つけられていなかったら、と彼女の父親のハジュ・ベクメズ氏は話す。「今までに姉のように結婚するか、農地で働いていただろう」。陸上競技は、メルイェム選手の人生を変えた。彼女は進学し、カヤプナル技術商業高校の2年生になった。

連盟から1000リラの給料をもらっている。良く育てられるようにとカヤプサル市の管財人のムスタファ・クルンチュ市長は、職を持たなかった父親のハジュ・ベクメ ズ氏を正式に雇用した。メルイェム選手は、ディヤルバクルの中心部さえも目にしなかった日々から、もはや世界選手権のために世界を飛び回っている。

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(翻訳者:前口翠里)
(記事ID:43181)