ヒッタイト帝国ハットゥーシャ遺跡のドイツ発掘チームに許可でず
2017年08月07日付 Cumhuriyet紙


アナトリア初の帝国の首都がおかれたチョルム県ボアズカレで、ドイツ人へ発掘の許可が与えらず、作られた防壁が崩壊した。

アナトリアの歴史を観察し学ぶため、我々はチャーターしたバスに満員の仲間と乗り込み、チョルムへと向かった。これまでに少なくとも15回は訪れたチョルムだが、今回私はがっかりして戻ってきた!チョルムとその周辺は、アナトリアの先住民族であるハッティ人(紀元前3世紀)の土地で、その後、外部からやって来たヒッタイト人(紀元前2世紀)の中心地となった。ツアーのルートには、アナトリア初の帝国であるヒッタイトの首都、ハットゥーシャ(ボアズカレ)、近隣のアリンナ(アラジャホユク)、シャピヌヴァ(オルタキョイ)の都市とその地方にある3つの博物館が含まれていた。

■チョルムに観光客が来なくなった!

この、他に類を見ない歴史的な場所をみるため、昨年は2万5000人を超える外国人観光客が押し寄せていたという。しかしテロの恐怖と「ヨーロッパ諸国を排除する外交の結果」、昨年の外国人観光客の数は2000人に減少した!ホテルもレストランもガラガラだった。このため、これらの場所で働く人のほとんどがこの地での仕事を諦めていったのだ。

■ドイツ人らに許可下りず

文化観光省は、昨年ハットゥーシャ(ボアズカレ)で発掘や修復を行ったドイツ考古学研究所に対し、「ドイツ排除」を理由として許可を与えなかった。私が最後に訪問した時、長年ボアズカレの発掘調査現場で働いている知り合いたちは、手短に以下のような情報を教えてくれた。
「毎年、発掘の現場では、3人が12カ月、発掘の時期には、55人~65人が3か月から3か月半の間、さらには職人も5人~7人働いていた。このうち10人~15人は修復任務を担っていた。働いていた人々はみな社会保障機構(SGK)に登録済みで、退職者には手当もきちんと支払っていた。ドイツ人らは毎年ここで70~90万リラを使っていた。このお金はただ労働者だけでなく地域の商人にも多いに利益をもたらしていたのだ。」
ドイツの発掘チームにおいて、毎年任務を担う25-30人の科学者の4割はトルコ人で、その他ドイツ、イタリア、アメリカ、イギリス、フランス、オーストリアから集った、考古学、植物学、動物学、治金学、文化人類学、様々な言語学(ヒッタイト語、アッカド語、フリ語)、地質学、地理学、地球物理学の専門家たちがいた。1982年からハットゥーシャで発掘作業を行う地元の職人、アブドゥッラー・カフマズオール氏は、報道陣に対して行った会見で、今日までに4人の発掘チームリーダーとともに作業に参加していたことに触れながら以下のように話した。
「私の祖父は発掘のリーダーであったクルト・ビッテリ氏と、父もピーター・ネヴェ氏とともに働いていたそうだ。私の息子も夏はここで働いている。崩壊しそうな場所を修復している。私は、1985年に友人たちと青銅のタブレットを発見したが、とても興奮した。発掘現場で働くことは素晴らしい気持ちだ。」

■防壁も崩壊

一時期、ハットゥーシャの発掘リーダーを務めたユルゲン・ゼーヘル(Jurgen Seeher)博士は、ボアズカレを観光したい人々にある提案をしようと、街を囲む6.5kmの防壁跡の65メートル部分を再現する作業を2013年に開始し、3年間続けた。煉瓦製品の埋まっている場所で話をしたゼーヘル博士は以下のような情報を提供してくれた。
「我々はヒッタイト人が用いていた方法を忠実に再現するつもりだ。ヒッタイト人たちは防壁を煉瓦でつくっていたようだ。大きな石垣を土台とし、その上に煉瓦を積み上げて作られている。7メートルの高さを持つ壁があった。実験的な考古学で、世界レベルで初めてのことを私たちは成し遂げようとしている。ハットゥーシャを訪れた人々に当時の風景を見てもらうことができるだろう!」
次の発掘リーダー、アンドレアス・シャハナー博士(Dr. Andreas Schachner)も、会話の中で次のように話していた(写真A)。
「2400トンもの煉瓦土、100トンの藁、1500トンの水を使用した。これらを混ぜ合わせて6万4千個の煉瓦が作られた。防壁を再現する作業においては、ヒッタイト人が使っていた方法に忠実に従った。煉瓦防壁のメンテナンスと修復のために毎年5人が2~3カ月の間働いていた。」
文化観光省がドイツの科学者に2016年の発掘及び修復作業の許可を与えなかったため、去年は煉瓦防壁のメンテナンスが行われなかった。友人との最後の訪問時、雪や雨、日差しの影響でところどころ大きく崩れているのを見て、悲しい気持ちになった!(写真A-1、A-2、A-、3A-4)

1906年から現在までドイツ考古学研究所が作業をしてきた壮大なハットゥーシャは、UNESCOの文化遺産のリストにも登録されている。

【中略】

■最新情報

今年はドイツ人に発掘の許可が与えられ、ハットゥーシャにおいて発掘及び修復作業が始まったようだ。

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(翻訳者:大畠梨紗子)
(記事ID:43201)