歴史遺跡の丘、行政処分で競売へ
2018年09月21日付 Cumhuriyet紙


ジュムフリイェト紙は、デシュテペの丘に関し、20年間にわたり、報道を続けている。

 アイドゥン県で初めて「1級考古保護区」に認定された「デシュテペの丘」が、行政処分を受け「競売」へ出される。
 紀元前5千〜3千年頃といわれる、「銅器時代」末期から「青銅器時代」の初頭に人類が定住したデシュテペの丘周辺に、別荘がたちはじめると、イズミル第二保護委員会は、この村落を1995年に「1級考古保護区」に認定した。

 デシュテペの丘の住人は、何百年後かしたのち、2つ目の定住地としてアイドゥンに隣接する古都トラレスに移動した。トラレスで生まれた建築家アンテミオスは、ミレトスのイシドロスと共に壮大なアヤソフィアを建築したことで知られる。

 ブルドゥル県のハジュラル遺跡、コンヤ県のチャタル・ヒュユク遺跡の住居跡を発見したイギリスの考古学者ジェームズ・メラート氏は、この丘で直径90メートル、高さ12メートルの試掘をし、その地域で最古の丘の集落で初の考古学調査を行った。その後多くのトルコ・海外の考古学者が研究の後、論文を発表している。

 周辺に別荘をたてた人たちは、保護の決定を取り消すため、丘の集落に「丘のモスク」の建築に着手した。しかし、1996年12月25日、このことは「デシュテペの丘に開発の手!」とジュムフリイェト紙にて報道され、モスクは200メートル南へ移された。
 2004年まで、いかなる建造物も建てられず、保護の決定は維持された。その後イズミル保護委員会で、デシュテペの丘を「3階級」に変更した。これを受けて「アメリカ文化大学」が校舎の建設を始めたが、ジュムフリイェト紙は2016年5月9日に再び「デシュテペの丘が再び、開発されている」と報道した。

 現在アイドゥン県管財局は「2014/2600 基本計画」決定に基づき、デシュテペの丘を競売にかける告知を発表した。内容は以下の通りである。

「17.661,26平方メートルある丘の土地は主要不動産であり、2,400分の148の権利が債務者により販売される。経済価値は未設定の本不動産は、アイドゥン県最古の住居跡であるデシュテペの丘である。現在丘には建造物はなく、開発は完全に禁止されている。」

同時に以下の内容が注意を引いた。
「不動産は、一級考古学保護地区であり、県の開発プランでは「デデクユスの丘」とされている。同時に管財対象となっている丘の土地2412区のうちの1区画には、手入れされており経済価値のある樹木群に入る様々な樹齢のオリーブが45〜50本、イチジクが35〜40本、松が1本ある。この木々の経済価値、木の成長・大きさと、同時に世話(水やり、追肥、薬剤散布、販売等)に関する支出をもとに、市場条件により評価された。」

 12万リラと18%の付加価値税で売り出される丘の最初の入札は10月18日、必要な場合2回目は11月15日、エフェレル市のオークションサロンで行われる。

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(翻訳者:甲斐さゆみ)
(記事ID:45386)