ジェイラン・エルテム:「私たちはどこにも行きません、ここにいます」
2018年08月24日付 Cumhuriyet紙


ジェラン・エルテムと「土曜日の母たち」を、アフメト・カヤを、女性の連帯と新作アルバムについて話をした。年末にリリースされる新作アルバムの名前は「貴方をあなたのような人たちが愛しますように」。「良き人達のための祈りという意味が込められた文です」とエルテムは言う、「しかし悪い人に対してこれを言ってしまえば、それは災厄です…。」 
ゲズィのプロテストのために書いたその曲では、ここで生きること、生み出すこと、ここを守り続けると、歌っている。言葉を女性の闘争に開けばムラトハン・ムンガンの「本当の血の繋がりは、傷ついたもの同士の兄弟性だ」という一節を思い起こさせ、そして「全ての女性ミュージシャンを自分の実の姉妹のように感じています」と話している。


1995年5月27日以来今日まで土曜日にガラタサライ広場で座り込みの活動を続けている、「土曜日の母たち」は。逮捕されて「命を落とした」、未解決の殺人事件で犠牲となった近親者のために正義を求めている。この力強く、勇敢な抵抗の700回目の会合が今日ガラタサライ広場で開かれる。この会合と土曜日の母たちへの注目を集めるために、ジェイラン・エルテムは、アフメト・カヤの「私を見つけて母さん」という曲を、行方不明者の近親者たちと共に再び録音した。ジェイラン・エルテムと「土曜日の母たち」を、アフメト・カヤを、また女性の抵抗を話した。

・「土曜日の母」たちに関して、あなたが思い出した最初の事はなんですか?

土曜日の母たちの全てのレポートと写真と、私は子供の頃一緒にいました。ある日、手にした雑誌(「アクテュエル」1996年4月号)に一つのカセットを送ってきたのです。「土曜日のチュルク」という一つの曲がカセットに入っていました。セゼン・アクスは「土曜日の母」について言及していました。子供ながら、「こんなことがあるなんて?なんてひどい事なの!」と言って考えたことを思い出します。私の心はその時でさえ砕けてしまいました。1999年の地震(イズミト地震)の後にイスタンブルに音楽を学ぶためにやってきました。学校はイスティクラル通りにありました。「土曜日の母たち」の前を通り、時には彼女たちの傍にとどまり、時には座り込みをするようになりました。二回目もこのように出会ったのです。

・トルコの、さらには世界一息の長い抵抗の一つを続けています、「土曜日の母」たちは。ルポタージュが出た日で700日回目に一度に集まって会合した、という事になります。あなたは、この活動についてどのようにお考えになるでしょうか?

とても胸が痛む事です。トルコで、まずこれを私たちが成功させる必要があります。私たちに実際に降りかかったことではなくても、何かについて声を上げることを学ばなければなりません。これをだれも行うことが出来ないのです。どうして共に生きていく事が出来ないのでしょう?それぞれの痛みを、どうして感じとることが出来ないのでしょう?このトラウマの上からどうして手を取り合って進むことができないのでしょう?このような事について大きな失望を味わっています。同じ感情は「土曜日の母」にも通じます。とにかく700週間も、更にあなたと一緒になってこの事を話すことは望みません。しかし私の考えでは話しをしましょう。希望もありつつ、失望もしています。考えてもみて下さい、何年も前に書かれたものを、年端もいかない少女の時に聞いた曲を、37歳の時に一人の女性として歌っているのです。これらの全てがとても胸が痛む事です。

・遺体が無くなってしまった沢山の犯罪を目撃してきました、この国では。正義を信じる気持ちは、あなたにはありますでしょうか?

正義に対する信じる気持ちというのは、私には残念ながらありません。トルコで一人の人間が、一人の女性が、一人のミュージシャンとしていかなる形でも公正な人生を送る事が出来ません。デエル・デニズが殺されてしまいました、例えば。私たちのとても親しい友人でした、デエルは。死んでしまってからも全く公正ではないプロセスがありました。しかも生きていた時にも公正な人生を送ってはいませんでした。「土曜日の母たち」に関係する人たちの事を伝えるために、ある事をしました。この事についても「ジェイラン・エルテムは名声を得ようとしている」と言っているのです。しかし一体トルコで喧伝的な活動を行って名声を得た音楽家があるでしょうか?彼らが褒め称えるだろうといって、これを行っているのではないのです。

■トラジコメディ的な状況

・「戦争に反対」とあなたが言った時でさえあなたの死が望まれることがあります…

「戦争に反対」と私が言った時に、誰かがわたしに「今日、交通事故で死んでしまえ」と言う事も出来ます。取り分け、私は飛行機に乗る事が出来ない、何処へでも陸路で向かう、毎晩非常に長い旅をする人間です。私に母がいます、父もいます。この人たちは病気になってしまいかねないほど悲しんでいます。

・一体どのような罪とあなたは向きあっているのですか?

「ジェイラン・エルテムはコンサートでスローガンを放った」と言われています。しかしながら「フラント・ディンクを忘れるな、ネシェト・エルタシュを忘れるな、ミュゼイイエン・セナルを忘れるな」とは言いました。しかしながら「民衆を政府に仕向ける」という罪で召喚されているのです。検察は、「あなたの事を待っていましたジェイランさん、喜んでお話をお伺いします。」というのです。写真を撮らせているのです。トラジコメディな状況です。平和を望んでいるという事を、わざわざ説明しなければならないのはとても痛々しい事です。戦争の叫び声を上げる人、もしくはフラント・ディンクの後に恐ろしい曲を書く人また私の考えでは全ての人の気持ちを更に痛めつける男たちがそこに召喚されません。私は取り分け、男たち、と言っています。なぜならこれを女性は行わないからです。しかし私たちは召喚されてしまうのです。なぜか?「全世界の戦争に反対です」と私たちが言ったためです。

・アフメト・カヤはあなたにどのような事を感じさせるのですか?

彼もこの国でとてもぞんざいに扱われました。私の家族では、クルド人、トルコ人の差別はありませんでした。アフメト・カヤにも異なった見方をする環境にはいませんでした。「マガジン紙記者の組織」の夜に起こった事を、その小さな年に見ると「なんと恐ろしいことだろう」と言って考えたことを思い出します。一人の音楽家を、政治的な見解のために初めてその時に好きになれませんでした。セルダル・オルタチを私の人生から永久にその時に追放したのです。どれほど良い音楽を作ったとしても、いかなる時も私の心に場所を得る事はありませんでした。またアフメト・カヤを、とても年を取っていているように思い出します。
実際のところ死んだときも本当に若かったです。43歳でした。信じられません。心臓発作のために心臓が破裂したのだ、と考えています。私の考えではアフメト・カヤは心臓発作で死んだのです。ここに皆の罪があります。

■「私たちの情熱に満足することはありません」

・年末にリリースされる新しいアルバムでゲズィ騒動に関するあなたの新しい曲が更に含まれます。

「妬む人々が暴れた、この仕業も私たちに降りかかった」と言っています、曲の中で。私たちの情熱と希望は曲の中に残りました。私は政府については言及していません。人々のそれぞれにある関係について言及しているのです。ガラタサライとフェネルバフチェ・ファンのあなた友達を、無神論者とムスリムたち、LGBTの個人とホモフォビックの友情をすぐに忘れてしまう人たちの事について話をしているのです。ゲズィ事件は私の考えでは成功をおさめませんでした。しかし信じられないような素晴らしい事でした。またさらに曲は「どこにもいきません、ここにいます」と言って終わります。善行と平和を考え、愛を守る全ての人のために歌っているのです、これを。悪い行いに対して歌っているのです。ここで生きること、ここで生み出すことを、ここを守る事を私たちは続けます。

・犠牲祭がまた終わりを迎えました。一人のヴェジタリアンとしてのあなたの解釈はどうですか?

ムスリムはこの問題に大変に敏感です。この事を理解しています。いかなる人の事も、自分の宗教から引き離そうとはしていません。全ての方への私の敬意はつきません。しかしながら全ての神学者は既に明らかにしています。彼らが言うには、「犠牲獣を屠るのはファルド(義務)ではない」。あなたにはお金があるのでしょうか?それなら、それを貧しい方に施しなさい。しかし何があっても動物の命を奪わないでください。人々は動物を最高の友人として見なければなりません。しかしながら、ありとあらゆる神聖な本における最も重要な言葉を皆、放りやってしまうのです。「あなたは殺さないでしょう」。

・先週は1999年8月17日の地震の年忌でした。地震によって家を失った人の一人として、あなたはどのような事を言えますか?

私は知っているのですが、つまり建物がどのように崩壊したのかという事を。地震を免れたとしてもどこでキャンプを作ればよいのでしょう?病院に関する部分でも、何が起きるのかという事に関してとても不安に思っています。私たちはとても無関心です。お金のためにあらゆる事を行うのです。あなたを兄弟のように見るのであれば、その下敷きになって押しつぶされてしまう壁を作る事が出来るのでしょうか?見ないのです、彼らは。あらゆる事が善行と悪行に分かれます。そのために新しいアルバムの名前は「貴方を貴方のような人が愛しますように」となります。よき人間のための祈りの意味を込めた文です。しかし悪い人間にこれを言ってしまえば、それは災厄です…。


■「本当の血の繋がりは、傷ついたもの同士の兄弟性だ」

・トルコで女性である事についてどのような事をいう事が出来ますか?

「アチュク・ラジオ」でトルコにおける女性ミュージシャンの成功についてのルポタージュを行いました。ラップを歌ったので、髪の毛から掴まれて橋から振り回された女性の事をお探しなのでしょうか、「女性のように演奏するな、女性のように歌うな」という歌詞に晒されたミュージシャン達をお探しなのでしょうか…彼らと一緒に話をして沢山の事を学びました。女性はただ、歌詞を書くのではありません。女性は世界に人間をもたらします。世界にもたらされて健全に育てられた男性との関係を生きます。彼らに何かを教えようとします。トルコでも世界でも女性の仕事はとても難しいです。

・沢山の女性ミュージシャンの傍らにあなたは留まっていますね。女性の抵抗について何を考えていらっしゃいますか?

ムラトハン・ムンガンの詩の中で「本当の血の繋がりは、傷ついたもの同士の兄弟性だ」と言っています。全ての女性ミュージシャンを自分の姉妹のように感じています。それぞれに対して支援する事と、この道を私たちに開くミュージシャンたちに対して敬意を払う必要があるという事を考えています。セルダ・バージャン、セゼン・アクス、シェブネム・フェラーフがいなければ私は存在しませんでした。いたとしても沢山のタブーに触れてしまった事でしょう。性の問題から、女性の問題にいたるまで、あらゆる事から曲の中で歌いました。人々のあらゆる驚きを得てしまったようです。私たちは現在、これらのことにとても気軽に言及する事ができます。全ての人があらゆる人を隣人として見ることに慣れますように。そのような誰かを嫉妬したり、誰かの妨げとなるような人間にはならないでいましょう。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:45551)