Murat Yetkin コラム:ロシアとともに見る将来

2016年08月10日付 Hurriyet 紙
記者会見を見た人は、二国が非常に大きな危機を解決したばかりであるということを理解しがたかっただろう。

確かに、ウラディミル・プーチン大統領はサンクトペテルブルグで行われた会合の最初に、報道陣に向けて写真を撮らせている時、「ロシア人パイロットが殺された以来だ」と述べたが、タイイプ・エルドアン大統領はただ「好ましくない事件だった」との表現にとどめた。

公式会談でプーチン大統領はこの「好ましくない事件」について一度だけ触れ、(ロシア戦闘機撃墜事件による)危機後トルコに対して開始した制裁措置に関し、「段階的に」撤廃していくことを発表した。

その他は直接的な経済協力の話に移った。

チュルク(あるいはその代替案としてのギュネイ)天然ガスパイプラインは大変重要である。ロシアはできるだけ早くトルコを通って南ヨーロッパに新たなガスのパイプラインを設置したいのである。観光、貿易、建設部門も重要ではあるが、最も戦略上重要なのはエネルギー産業であった。

プーチン大統領は、トルコとの関係がまずは2015年11月以前に戻らなければならない、と語った。

つまり、2015年11月24日、ロシア航空機がトルコ空域からシリア領空内に入ったのち、撃ち落される以前の状況へ...

これをエルドアン大統領も繰り返した。

トルコとロシアの関係は将来に目を向けるために、まず過去に立ち戻らなければならなかった。

エルドアン大統領は経済関係について特に言及した。貿易額は、危機前の年350億ドルから270億ドルまで下がった。それを年1000億ドルにまで伸ばすことを目標にする必要があると述べた。

また、政治的な問題についても強調した。

プーチン大統領は7月15日のクーデター後すぐ、その次の日にエルドアン大統領に電話し、大変でしたね、と声をかけ、協力することを述べた。この電話でトルコと同盟関係を持つすべてのNATO加盟国に先んじた。エルドアン大統領は、クーデター後の最初の国外訪問先をロシアとすることについて、このことも理由の一つであると述べた。

実際プーチン大統領は会談が始まる前に、このことを知っていたと強調した。ロシアは、トルコがクーデター未遂事件に関し、アメリカとEUに対しどれだけ失望したか知っており、これをみて行動していた。

この部分についてきちんと頭にいれておいてほしい、なぜなら、夏の終わりについてのある予想に関係するかも知れないからだ。

危機以前、トルコとロシアにおけるある原則があった:政治と経済を分けること。

要するに、トルコとロシアは、シリアやウクライナの混乱で対立し続けていたが、経済的な関係は続いていた; (戦闘機撃墜による)危機はこれを崩壊させたのだ。

両国は「ともに見る将来」という形式はこの分野に適用し、シリア(と安全保障)問題を二度目の会談で議題とすることに決定した。

二つの問題とも関連しているアックユ原発は注目を引いた。トルコ政府はロシアの国外初の原発であるアックユを奨励することも明らかにした。これはロシアに対する非常に重要なサインだったし、危機が起きなければロシアはこの奨励を受けられなかったかも知れない。

しかし、両国のリーダーはアックユを戦略的関係の中で評価していくと述べた。

戦略というと、安全保障が連想される。アックユはメルシンにあり、シリア危機に際したシリアでのラタキアとタルトゥースというロシア軍基地にも、NATOやISIDに対するアメリカ主導の有志連合に開放されているインジルリキ空軍基地にも、またキプロスのイギリス軍基地にも近い距離にある。

そのためシリアや地域の安全保障について話し合われる時、パイプラインプロジェクト(イスラエルとの関係正常化プロセスにおいてもその可能性は含まれるべきなのだが)に加えアックユ原発も議題とされるようになった。

シリアに関する新たな解決の下地の探求が取り上げられていると見られている。エルドアン大統領は会談の前に、シリア問題においてロシアは最も重要なアクターであるとロシアメディアに対し述べたことを思い出そう。この新たな下地についてはロシア(より少ない)とトルコ(より多い)の政策の変更によって議論が始められると見られている。11月の選挙によって就任する新しいアメリカ政府がこの解決に必要な共通の下地を探るうえで助けとなってくれるかも知れない。

もちろん、エルドアン大統領の一連の発言にはアメリカのシリア政策への間接的な批判も含まれている。

さあ、少し前に述べた件に戻ろう。

国家諜報機構(MİT)のハカン・フィダン事務次官は、ロシア訪問に無駄に参加したわけではなかった。ロシア情報機関FSBのアレクサンダー・ボルチニコフ長官も出席していた。彼らはただ、シリア、ISID、PKKとPYDについて話し合っただけのか?ただイランやバッシャール・アサドの隠れた活動を、シリア自由軍のアサドのせいでロシアによってテロリストとみなされる活動についてだけ話したのか?

それとも、例えばロシアがフェトフッラー・ギュレンのアメリカ国内における、あるいはEUとトルコ間のやり取りについての情報を入手しているかどうかについて話したのか?実際、プーチン大統領は当時エルドアン大統領が開校を望んでいたにも関わらず、ギュレン系の学校をCIAとの協力を理由に閉鎖させている。

プーチン大統領はエルドアン大統領が、7月15日の結果、アメリカに失望したことを知っていたため私は問うている。もし、エルドアン大統領がロシアからギュレンについてのファイルをもって戻るのであれば、驚かないようにしなければならない、そして私はきっと驚かないであろう。


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翻訳者:内山千尋
記事ID:41032