シャフィーイー・キャドキャニーが語る、イーラジ・アフシャールの生涯

2018年10月08日付 Hamshahri 紙

 メフル月16日[訳注:10月8日]は、イランの碩学イーラジ・アフシャール[1925年10月8日 – 2011年3月9日]の生誕日である。ここでは歴史・文学・哲学を扱う学術誌『ボハーラー』81号[2011年]掲載のシャフィーイー・キャドキャニーの回想録「イーラジ・アフシャール、彼に敬称やタイトルは不要」の内容を紹介する。

[写真:シャフィーイー・キャドキャニー(右)、イーラジ・アフシャール(左)]

 私[キャドキャニー]は、およそ半世紀の間、山野や、ありとあらゆる場所、祖国で異国でイーラジ・アフシャールとともに過ごした。そこで彼は、政治について一言も語らなかった。彼は新聞を読まなかったし、家にはラジオもテレビもなかった。

 ある時、友人らが彼の自宅に招かれて数時間たち、どうしてもとあるテレビ番組を観たいということになった。そこでイーラジ・アフシャールは、家の門番のテレビを持ってこさせ、件の番組を見させた。彼は本当に政治に興味がなかった。支持する政党や党派も持たなかった。しかし彼は、ある大きな政治目標を常に見据えており、それとともに生きていた。その政治目標とは、イラン世界の運命についての最善策を考えることであった。

 世界の学術の中心地やあらゆる大学におけるイラン学の領域において、現代に生きる我々は誰一人として、イーラジ・アフシャールに勝る評価と尊敬を得ていない。 もちろん、ヤールシャーテルも彼の隣に並び立っているとは思うが。

 管見の限り、20世紀イランの偉人で文化の中心にいた人たちの中で、イーラジ・アフシャールは、次に挙げる偉人たちと並び立つ大物中の大物である。すなわち、アッラーメ・ガズヴィーニー、セイイェド・ハサン・タキーザーデ、モハンマドアリー・フォルーギー、アリーアスガル・ヘクマト、イブラヒーム・プールダーウード、アッラーメ・シェイフ・アーガーボゾルグ・テヘラーニー、バディーオッ=ザマーン・フォルーザーンファル、セイイェド・アフマド・キャスラヴィー、 エクバール・アーシュティヤーニー、パルヴィーズ・ナーテルハーンラリー、ゴラームホセイン・モサーヘブ、アリーアクバル・デホダー、サーデク・ヘダーヤト、マレコッショアラー・バハール、ニーマー ・ユーシージである。アフシャールは、彼らの誰一人とも類似することなく、その業績に追随することもなかった。

 世界のイラン研究に携わる研究者は、歴史、人類学、ペルシア文学、考古学、書誌学、司書、そして情報提供の分野において、著書を書くにあたって常に、イーラジ・アフシャールの恩恵を受けているし、これからも受け続けるであろう。彼は偉大な人物であった。そしてたいへん残念ながら、「50人もの優れた人物」ですら、彼の抜けた穴を塞ぐことはできなかった。

2011年4月14日テヘランにて


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翻訳者:KM
記事ID:45517