「地震で崩れることはわかっていた」建築作業員

2020年11月05日付 Milliyet 紙

最新ニュースによると、イズミルで木曜日に起きたマグネチュード6.6の地震から今に至るまで114人が死亡した。バルシュ集合住宅の建設現場で働いていた一人の作業員のゾッとする話では「最初の地震で崩れることが分かっていた」とのこと。一方でイズミルの地震で崩れた建物に関連していた契約建設業者も含む9人の容疑者が裁判所に移送された。

イズミルの地震で多くの建物が瓦礫となってしまい、いくつかはひどく破損した。バイラクルで最も被害を受けた建物が多い地域のうちの一つはバルシュ集合住宅のある地区である。

30年前はミカン園であったこの地区は今では建物が多く建てられている。しかし地震後ここは建物の土台だけが残る更地に変わってしまった。

エロール・カヤさんは地震で崩れたバルシュ集合住宅と周辺にある破損した建物の建設段階に携わっていた建設作業員。彼がこの地区に来た時ここはまだ多くの畑や果樹園が広がっていた。

ヒュッリイェト紙のエムレ・エセル記者によると、28年前アールからイズミルに建設業で働くために来たというカヤさんは「最初は今壊れかけているバルシュ集合住宅の隣にあるジュムフーリエット集合住宅で漆喰の職人として働いていた。その後、バルシュ集合住宅の建設が始まった。そこで仲間たちと一緒に働いた。私たちは建設に携わっていたが、それらの建物を全くもって信用していなかった」と語る。

これらの建物の建設を終えて同じ地区で自分のために3階建ての家を建てたカヤさんは、崩れてしまったバルシュ集合住宅から出てきた死体を家の上の階から見ていたことを話した。

「私はバルシュ集合住宅に建材を運んでいる時、建物の中を歩くことが怖かった。カートで材料を運んでいる時、踏んでいた床が揺れていた。仲間内ではこれらの建物は信用できないと話していた。当時は材料の質が悪かった。私たちは言ったが、建設者たちは聞かなかった。」カヤさんはこの地区の建物の地盤がとても脆かったことを述べた。そしてそれらは最初に来た地震で崩れるだろうとその時は予想していたという。

「これらの建物はコープ住宅だった。常に建設段階で止まった。下請け人と問題が起きていた。そのようなことがあって、いつも使われる材料や職人が変わっていた。鉄筋工事を行う友人は、建物に使われている鉄筋が不十分であること、請負会社はこれを全く聞かったことを言っていた。私たちはここに起きる最初の地震で建物が崩れてしまうことを予想していた。」

この地区にある家々は当初とても安かったと話すエロール・カヤは「バルシュ集合住宅を建てたコープ住宅の組合員のほとんどはここに住んでおらず、他者に売っていた。こうして新しい動きが始まった。近くに高層ビルが建てられるとここは地価が上がった。そしてたくさん人が移住してきた」と言う。

一方でイズミル地震で最も死者が出たドーアンラルとルザベイのアパートに関する区が2012年と2018年に出したと言われる「倒壊危険建物」報告書はイズミル県環境都市開発局に届いていないことが分かった。

イズミル県環境都市開発局の関係者の一人は崩れた2棟の建物と「危険」と判断された208棟の倒壊危険建物に関する報告書が県の環境都市開発局に届いていなかったことを述べ、区は建物が危険であると判断された場合、危険を取り除く責任があることを話した。

関係者は「第5216号広域市法第7条は広域都市の各区に災害リスクがある建物に関する通知、立ち退き、そして取り壊しを行う責務を定めている。都市開発法の第3条によると、リスクを持つ建物に関する検証、危険の取り除きに関する通知や取り壊し作業も区によって行われる。広域市法と都市開発法は、危険性をもつ建物の検出を行う自治体に対してまた立ち退きや取り壊しの責任もあることを示している。リスクのある建物は登記簿にその旨が記載されているが、今回の地震で倒壊した二つの建物の登記簿にはその記載がなかった」と語った。

一方でエスキ・バイラクルのハサン・カラバー市長は「地震研究センターを設立した。研究センターで行われた検証後、結果をまとめた最終レポートのためにドクズ・エイリュル地震調査実践センターに市民を出向かせた」という説明をした。その後、(市長の発表を受けて)注目を集めたドクズ・エイリュル大学地震研究センター長のハサン・ソズビリル教授はミリエット紙に以下のようなコメントをした: 
「ドーアンラルとルザベイのアパートの耐久検査が私たちに正式に要請されることは問題ではない。バイラクル区には耐久調査が出来る職員がいない。自治体の用意した報告書は環境都市開発局においては正式な有効性を持たない。」

建築技師会議所のイズミル県支部事務局長のラフミ・アルペル氏は権限議論に関して「全ての自治体がある地域で専門家からなるチームがいる地震研究センターを設置できる。しかし自治体の研究センターから出される報告書は方向を示す、仮報告書にあてはまる。崩れた2棟の建物のためには2012年と2018年に調査され、報告書が用意された。ただ、当該の報告書は耐震報告書ではない。建物の耐久調査の結果で関連する省庁に申請し、必要な手続きが取られれば、訴訟の権利を獲得できる」と説明した。

緊急災害時対策庁(AFAD)のメフメト・ギュルオール長官はマグネチュード6.6の地震が起きたイズミルで捜索救助隊の作業が終了したことを知らせた。ギュルオール長官はツイッターで「捜索救助隊の作業が終わった。力を尽くして貢献してくれた全ての隊員に感謝している。そのほかの事柄については綿密に活動を継続している」と述べた。

AFADによって行われた発表では、10月30日に起きた地震後、計1713回の余震が起き、そのうち45回はマグネチュード4以上であったことが述べられている。

地震で114人が命を失い、1035人が負傷した。負傷者のたち898人は回復している。137人は治療を受け続けている。


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る

同じジャンルの記事を見る


翻訳者:山下鈴奈
記事ID:50142