チャドの牛乳売り少女(5)

2021年01月16日付 al-Mudun 紙
■チャドのシンボルとなった牛乳売りの美しい少女…貧困のうちに亡くなる

【ムハンマド・ジッディー・ハサン:本紙】

ンガルタ・トンバルバイ初代大統領は1975年にクーデタ支持者らによって殺害された。彼らは、キッローが殺された大統領の関連物の一つであることを口実に、国のシンボルとしての彼女の肖像を廃止した。その後1980年には再び国の象徴として返り咲き、同年に女性省がようやく彼女の調査に乗り出した。当時のアーイシャ・セルキート女性省担当大臣は彼女のことを見つけ出し、省庁関係者らは、およそ30年前にあるフランス人によって撮影された彼女の肖像を使っていることを本人へ伝えた。しかし、キッローに対して全チャド女性週間定期会合への初めての招待がなされるまでに、彼らは1987年まで待たなければならなかった…政府はキッローのため何もせず、キッローもまた政府からなんの支援も受けなかった。チャド政府が彼女の写真を数十年もの間幾度となく使用してきたにもかかわらず、である。

・下種の後知恵

キッローが得たあらゆる賛辞は死後になされたものであり、彼女を益するようなことは何もなかった。1997年2月14日、彼女はイドリース・デビ・アントー大統領より国家勲章を授与された。その前年、彼女の親族は彼女の名前を冠した女性の家を建て、家の中央に彫像を設立するように求めた。しかし、あなたに対するこれらいかなる要求もいまだ実現されていない。今日、チャド国立図書館の玄関には彫像がある…国のスローガン「統一・労働・進歩」が装丁された本を握りしめる女性である。彫刻家によってキッローの姿が象られたものだと言われている。

(6)に進む

(4)に戻る


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る

同じジャンルの記事を見る


翻訳者:片居木周平
記事ID:50571