クルド問題解決反対派に残念のお知らせ「ひとつひとつ問題は乗り越えられている」
2026年07月26日付 Medyescope 紙

メディアスコープ放送局長ルセン・チャクル氏は、解決プロセスにおいて重要な敷居が超えられたと述べながら、アブドゥッラー・オジャランと政府間で合意がもたらされたことに関しての力強い兆候があると述べた。チャクル氏は、議会に提出が見込まれている枠組みの法律がPKK問題において新たな扉を開くであろうと述べた。
メディアスコープ放送局長ルセン・チャクル氏は、「プロセスの反対社にとっては残念なお知らせだ。障壁は一つ一つ超えられている」というタイトルの放送で、解決プロセスにおける最新の進展への見解を伝えた。プロセスが、見込まれていたよりもより早く進んだと述べたチャクル氏は、「プロセスを信じない人たち、信じたくない人たち、そしてまたここから何も生まれないだろうという人たちには、失望がうまれるだろう。一つ一つ、障壁は乗り越えられている。」と述べた。
チャクル氏は、アブドゥッラー・オジャランが長期間の後に再びイムラル島の使節と面会させられる前に、政府の名のもとに実行されている折衝において重要な進展があったことを様々な情報ソースから伝え聞いたと述べた。(イラクの)カンディルに行く前に、まずはこの問題が大きな規模で解決されたという方向の情報を得たと伝えるチャクル氏は、PKK政権のドゥラン・カルカン氏とおこなった対談においても、組織がプロセスの前の時期と比べてさらにポジティブに近づいたことが見受けられたと述べた。」
■「互恵的安全保障が構築されている」
プロセスの基本の様々な問題が、双方の間での安全保障を作り上げることであると強調するチャクル氏は、PKK解散の決定を取ったこと、武装蜂起の発表、シンボル的な武器を焼き捨てる式典が開催されることは、トルコにおける武装勢力が後退しているといった進展が、安全保障拠点に対しての動きであると述べた。政府側ではとりわけMHP党首デヴレト・バフチェリが主張を押したことでプロセスが加速したと述べたチャクル氏は、枠組み法が準備されたことが、この最も重要な兆候だと述べた。
■「この枠組みの法律は、新たな時代の扉を開くことになるだろう。」
チャクル氏は、議会で審議される予定の枠組み法案は、PKK問題を単独で解決するものではないが、解決への道を開くものだと述べた。さらに、この法案は、刑務所に収監されている受刑者、ヨーロッパ在住のクルド人政治家、カンディルに拠点を置く同組織のメンバーに新たな法的機会をもたらすと付け加えた。第一段階として、武装闘争に直接参加していない者の帰国を促進する計画だと述べた。
チャクル氏は、刑務所からの釈放は法規制次第で検討される可能性があるが、これは全面的な恩赦には当たらないと述べた。また、善良党を除く議会で幅広い政治的合意が形成されたと主張し、同氏は規制が法律として制定される可能性が高いと述べた。
■「オジャランの役割は極めて重要だ。」
チャクル氏は、このプロセスにおけるアブドゥッラー・オジャラン氏の影響力は決定的であり、オジャラン氏が承認した合意に対してクルド人政治運動内部から強い反対意見が出る可能性は低いと述べた。また、当初の法的規定にはオジャラン氏の地位は含まれないと指摘しつつも、これは将来変更されないという意味ではないと付け加えた。
■放送の準備担当者:ギュルデン・オズデミル
こんにちは、良い一日を、良い日曜日を。和平プロセス――政府は「テロのないトルコ」と呼び、「平和と民主社会プロセス」と呼んでいます、クルド人運動を。私は和平プロセスと呼びましょう―はかなり順調に進んでいます。タイトルにも書いたように、このプロセスを信じない人、望まない人、「何も起こらない」と言う人は、多少失望するでしょうし、失望しています。障害は一歩ずつ克服されています。私はしばらく前からこれを見てきました。さまざまなチャンネルや情報源から、いくつかの問題が解決されているという話を聞いていました。しかし、5月の最後の会合の後、アブドゥッラー・オジャランは月誰とも会うことが許されなかったことは分かっています、月曜日になるまで。しかしその間、私はどういうわけか、国家を代表してオジャランと会った人々が月曜日より前に合意に達したと聞いていましたが、確認できませんでした。非常にデリケートな問題なので、人々はどういうわけか、いくつかの事実を公にすることを望まなかったのです。しかし、カンディルに行く前に――ご存知の通り、先週木曜日にカンディルでドゥラン・カルカン氏にインタビューを行いましたが――問題はほぼ解決したと聞いていました。カンディルでのドゥラン・カルカン氏との放送、そしてその後の会話の中で、彼はそれを肯定も否定もしませんでした。インタビューをご覧になった方はお分かりでしょうが、私が対峙していたのは、物事が順調に進んでいると考えているように見えるPKK指導者のドゥラン・カルカン氏でした。不満はほとんどなく、すくなくとも脅迫も全くありませんでした。
ここで、非常に興味深い根本的な問題は信頼の問題です。長年対立してきた両者が互いに信頼し合うのは容易ではありません。しかし、信頼を築くことは十分に可能です。両者がそれを望むなら、信頼を築くことは可能です。では、どうすればそれが可能になるのでしょうか?それは、相互の譲歩と相互の保証によって可能です。例えば、PKKは最初に何をしたでしょうか?オジャランは2月27日の宣言で組織の解散を呼びかけ、非常に重大な行動に出ました。そして組織は「はい」と答えました。彼らは解散し、武器を置くことを決定し、象徴的に武器を燃やしました。彼らは国から部隊を撤退させ、イラク北部の一部の地域を去りました。これらは信頼を確立するために取られた措置であり、保証が与えられたものでした。しかし、長い間、私たちは国家から何も見ませんでした。議会委員会はありましたが、それは長引くばかりでした。しかしその後、特にデヴレト・バフチェリ氏の強い主張(これは強調しておくべき点だと思う)によって事態は加速し、枠組み法案の問題がトルコの議題に上がった。現在、枠組み法案は今週中に議会に提出され、委員会を通過し、週末までに総会に提出される可能性が非常に高い。
この枠組みの法律は、これまでニュースで報じられてきたように、多くの報道がなされてきましたが、問題を完全に解決したり、一気に終わらせたりするものではないことは明らかです。ここで言う問題とは、クルド人問題ではなく、PKK問題のことです。しかし、この法律はPKK問題の解決に向けて非常に重要な扉を開くものです。では、問題となっているのは何でしょうか?第一に、刑務所にいる人々。第二に、ヨーロッパにいる人々です。第三に、カンディルにいる人々がいる。ある意味では、シリアにいる人々も含まれ、トルコ国民である多数の戦闘員がカンディルに移送されたと言われています。主な問題は、刑務所、ヨーロッパ、そしてカンディルです。これらの場所には何千人もの人々がいます。最初の段階で何千人もの人々が一斉に来ることは決して容易ではありません、その可能性は確かです。国家と政府は、一種の世論の反発や騒乱の可能性を最も懸念しており、段階的にこの状況を克服しようとしているようです。ニュースでいつも報じられているように、第一段階は、直接人を殺したり武装行動に参加したりしていない人々、その数は少なくなく、数千人ですが、それらの人々の帰国です。これにはヨーロッパの政治家も含まれます。元市長、国会議員、政党指導者などこれらの多くの人が組織のために宣伝活動を行ったとして告発されているからです。これらの告発は、組織が解散すれば自動的に取り下げられます。刑務所には多くの人がいて、何年も服役している人もいれば、最近入った人もいます。刑執行を終えて釈放された人もいます。ご存知のように、彼らは「30年の刑期」と呼ばれています。他にもいるでしょう。もちろん、法改正によって刑務所は一定の数、空白ができるでしょう。
ここでの問題は以下のことだ。一般的な恩赦は問題ではなく、PKKに特化した例外的な出来事になるということです。現状では、善良党を除いて議会で合意が得られているようです。クルヂダルオールのCHPはおそらく反対しないでしょうし、主要野党となった新党も同様です。そして人民民主(DEM)党があるので、残っているのは誰でしょうか?共和連合です。これは大部分実現するでしょう。多くの障害は克服されていますが、それでも障害を作り出そうとする者もいるでしょう。これらの人物は誰でしょうか?まず、政党内、国家内、組織内の要素が考えられます。しかし、より重要なのは、外部の要素が考えられます。実際、現在の地域情勢は、これに対してより有利に見えます。特にトランプ政権とエルドアンの間の調和が物事を容易にしています。エルドアンと問題を抱えるアメリカ大統領がいたら、事態はもう少し複雑になっていたでしょう。しかし、イスラエルとイランはこの点に関して常に何らかの意図を持っていることは間違いない。この点を念頭に置いておく必要がある。
しかし、ここでの主な問題は、当事者たちが本当にこれを望んでいるかどうかです。非常に難しいことですが、彼らがこの段階に達したことは分かります。カンディルでそれを見ました。そして、そこには非常に重要な点があります。それはオジャランです。オジャランの要素は非常に決定的です。オジャランが受け入れる合意にクルド人運動の内部で反対する人は多く出ませんし、出られません。仮に反対したとしても、効果を発揮する可能性は皆無、あるいはほとんどありません。そして、私の理解では、オジャランと国家の間で合意がなされています。ご存知のように、ここで最も根本的な問題の一つは、オジャランの地位の問題です。デヴレト・バフチェリもこれを何度も言及しており、第一段階ではそうはならないようです。法的規制にオジャランが含まれないという兆候は数多くあり、私たちはそれを知っています。しかし、これは将来そうならないという意味ではありません。おこのプロセスがうまく進めば、これまでこの行動に参加していなかった人々、例えばヨーロッパのクルド人政治家やマフムール難民キャンプの人々などがトルコに帰国し、社会への統合と呼ばれるプロセスが実現し、9月に新たな党大会を開催するDEMがこのプロセスにより適した形で再編されれば… 繰り返します。プロセスに反対する人々にとってを思うと悲しいですが、トルコにとっては喜ばしいことです。これは実際に起こるのです。
私がこう言うとき、繰り返しますが、これはクルド人問題を解決することではなく、PKK問題を解決することですが、この問題を解決すればトルコで多くのことが開かれるでしょう。ご存知のように、「エルドアンはこれを行うことで、国内の権威主義などを強化しようとしている」と言う人もいます。トルコでPKK問題を解決すれば、権威主義的な指導者や政党から最大の武器を奪うことになります。権威主義は何の上に成り立っているのでしょうか?それは国家の持続性の上に成り立っています。そして、国家の存続について言及されると、まず思い浮かぶのはPKK、テロリズムです。これが方程式から取り除かれれば、トルコは真に新しい時代に突入するでしょう。そして、実際にそうなっているようです。率直に言って、一市民として、私はこのことを嬉しく思っています。もう一度言いますが、デュラン・カルカンとのインタビューの後、私を批判する人がいました。大多数の人々は非常に好意的な反応を示しましたが、解決策を望んでいなかったにもかかわらず、デュラン・カルカン氏が解決策を支持する立場を取ったため、一部の人々は非常に怒り、様々なことを言いました。その点についてはお詫び申し上げます。デュラン・カルカン氏とのこのインタビューは、この解決策の社会的受容に一定の役割を果たしたと信じており、今後、個人的にも組織的にも、メディヤスコープとして、このプロセスが社会的に受け入れられるよう貢献できるジャーナリズム活動を継続していきます。なぜなら、これはトルコのため、そして私たち全員のためだからです。
今日は、私が深く尊敬していた知識人についてお話ししたいと思います。私たちは4年前に彼を亡くしました。数日後に命日を迎えましたが、彼は7月23日に亡くなりました。ラシム・オズデノレンです。ラシム・ベイはイスラム社会を代表する知識人の一人で、私が1985年にジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせた直後にインタビューした先駆者の一人でした。私は彼の著書、物語、エッセイを読んでいました。そして、彼はイスラム社会出身の敬虔な人でしたが、私には常に実存主義者という印象がありました。私たちはノクタ誌のために彼と素晴らしいインタビューを行い、その後、彼はイスラム社会の他のジャーナリストにもそのインタビューを例として常に引用していました。彼には祝福があります。ラシム・ベイには友人の輪がありました。彼の兄弟であるアラエディン・オズデノレン、同じ町出身のエルデム・バヤズットなど、私は彼ら全員に会いました。アキフ・ベイとアキフ・イナンにも会いました。唯一会えなかったのは、ジャヒット・ザリフォウル氏でした。ジャヒット・ザリフォウル氏は全く別人でした。私は彼のことを、そう、あの髭を生やした男性について、いつも良い評判を聞いていましたが、会う機会はありませんでした。ここに写っているのは、エルデム氏、アキフ氏、そしてラシム・オズデノレン氏です。私たちは二つの異なる世界に生きていますが、同じ世界に生きています。そして、ラシム・ベイ氏とその友人たちは、私にそう感じさせてくれた人たちの一人です。そう表現させてください。特にラシム・ベイ氏です。その後どうなったかというと、私たちはあまり会わなくなりました。しかし、私は遠くからでも常に彼の動向を追っていました。彼は作家であると同時に官僚でもありました。しかし、私はいつも彼を良い人として記憶しており、今も記憶しています。そして、愛情と尊敬の念をもって彼を記憶しています。私が言いたいことは以上です。良い一日を。
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翻訳者:堀谷加佳留
記事ID:62547