Yaşar Süngüコラム:ムスリムの街で大ヒットしたコカ・コーラ社の飲料
2011年08月31日付 Yeni Safak 紙

もしあなたが、果物を使った甘い飲料のホシャフやコンポート、シェルベト、そしてヨーグルト飲料のアイランといったトルコの伝統的な飲料を忘れてしまったら、外国人はそれらを華やかに飾り立て、あなたに売りつけ、そればかりか何百万ドルと稼ぐことになる。

コカ・コーラ社は、何百年も続く伝統を2010年のラマザン月に特別に食卓に提供した。コカ・コーラ社がムスリムの街で販売したこの「カッピィ・ラマザン・シェルベティ」は(販売で)新記録を達成した。
2010年に100万個生産され、ラマザンの第2週には売り切れたという「カッピィ・ラマザン・シェルベティ」は、2011年にはラマザン月での販売を4倍に拡大し、カッピィブランドの7-8月期における成長率を40%へと持ち上げた。
コカ・コーラ社に利益新記録をもたらした収益は、グローバル資本主義の象徴の1つである企業のものであり、イスラエルがパレスチナで実施したあらゆる虐殺の後、国を挙げたコカ・コーラ社製品のボイコットを最も頻繁に行った国、トルコから得た収益なのである。

実は、シェルベトやシュルプといった飲料はオスマン宮廷料理にも、庶民の食卓にも不可欠な飲料である。
アナトリア文化においては、客人をもてなすための必須アイテムであり、またみなでそのうまさを分かち合うことに喜びをもたらすこの飲料は、しかしながら現在では忘れられていた。
もっと正確にいうと、私たちは忘れてしまったのだが、コカ・コーラ社は忘れていなかった。

世界の食文化のなかで、飲料の重要性というのは議論の余地はない。
イスラームでアルコールが厳しく禁止されていることから、イスラーム世界における飲料文化は他でもない果汁飲料やシェルベトを中心に展開された。
シェルベトはアラビア語ではシロップ、シャーベット、甘い飲み物、といった意味である。
アナトリア近隣のアラブ地域は、現在でもシェルベトという言葉を過去、オスマン時代に使われていた形で使用している。
オスマン時代、イギリスの旅行者や外交官のシェルベトとの出会いは、これを世界的なものにしたオスマン時代の人々によってもたらされたのである。
イギリス人はシェルベト(シャーベット)という言葉を直接自分たちの言語に借用した。
有名な食文化史家であるアラン・ダヴィドソン氏は、オスマン帝国、ビザンツ、ベネツィアが関係しあった時代にシェルベトがイタリアの食卓へ「ソルベット」として取り入れられたと紹介している。
フランス人やイタリア人は学んだこのテクニックを使い、(トルコの)氷入りシェルベトと良く似た、凍らせたシェルベトというものを発展させ、「ソルベ」と名づけた。
「ソルベ」はフランス料理の影響で、世界中の食卓で伝統的なデザートとされるようになった。

シェルベトの主原料は砂糖と水である。
自然から集めた材料は糖分を凝固させながら沸騰させ、一定の濃さになったところで冷ましてガラス瓶に保存する。
シェルベト(飲料)にする際には、水で3倍に薄める。
シェルベトの原料の中には、花、植物、果物、根、皮、種などといったものも含まれる。
そのほかに、果物をシート状に薄くのばして日干ししたペスティルや各種ドライフルーツ、ぶどう果汁から作る濃いシロップのペキメズ、果物酢、はちみつなどといったものも原材料に含まれることがある。
シェルベトは通常、夏季に冷たくして飲まれるが、冬季に温めたシェルベトを飲むこともある。

トプカプ宮殿に後に作られた「デザート専用厨房」は菓子やシュルプ(シロップ)、シェルベトのための研究所であるかのように利用されていたという。
宮殿で作られる名高いシェルベトの中には、花々を原料とし、バラやユリ、スミレ、水仙、ジャスミン、木犀草、グミ、睡蓮が使われていた。
シェルベト作りをこれほどまでに重視したオスマン帝国の宮殿では、当然、熟練の金細工師の技をもって準備された高価なシェルベト用の器具や設備が利用されていたという。
一般的には宮殿と庶民の食卓には大きな差があるものであるが、ことシェルベトとなると両者の間の相違はそれほどなかったという。
なぜなら、シェルベトはどこの家庭においても常に急な来客に提供する重要なもてなしとして準備されていたからである。

あなたが何百年も忘れていた、あるいは忘れられていたといっても過言ではない伝統的な飲料を外国人がパック詰めしてあなたに売っているとしたら、そしてそこから記録的な収益を得ているとしたら、それはトルコにとって恥以外の何ものでもないのだ。

(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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( 翻訳者:金井佐和子 )
( 記事ID:23805 )