「アフリカ通り」を「マンデラ通り」に:テヘラン市議会で可決
2013年12月12日付 Hamshahri紙


【ハムシャフリー・オンライン】テヘラン市市会議員の動議により、テヘランの2つの通りにネルソン・マンデラ氏とカーゼム・モッタメドネジャード博士の名を付ける2つの緊急法案が可決された。

テヘラン市議会予算計画委員会の委員であるゴラームレザー・アンサーリー議員は、テヘラン市議会での演説前の発言で、[12月5日の死去以後つづく]マンデラ氏への哀悼を受け、マンデラ氏の死と自由主義、平和主義、そして人間の平等の権利における彼の功績について述べた。

同氏はまた演説の終わりに、「アフリカ通り」を「マンデラ通り」と命名し、この偉人の像をアフリカ通りの入口に設置することを提案した。

同市会議員の演説の後で、テヘラン市議会議長はコミュニケーション科学の父であるモッタメドネジャード博士の功績について述べた。アフマド・マスジェド・ジャーメイー同議長は、これに関して、次のように発言した。

モッタメドネジャード博士は[マス・]メディアと高等教育に大いに貢献した[※]。(博士は)テヘラン出身でないにもかかわらず、模範的なテヘラン市民とみなされてきた。ゆえに同博士の名をテヘランのいずれかの通りにつけるべきだ。

※訳者注:イランにおける新聞学・マスコミニケーション論の礎を築いた人物。「ケイハーン」紙記者や仏留学を経たのち、テヘラン大学に「出版・広報研究所」(のち、「社会コミュニケーション学部」)を創設し教授を務めた。

これらの提議により、テヘラン市議会の議員らはテヘランの2つの通りを「マンデラ通り」と「モッタメドネジャード博士通り」と命名する2つの緊急法案に、絶対多数で賛成票を投じたのである。

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(翻訳者:8411062)
(記事ID:32370)