赦しは不要だ、処刑せよ(上)
2014年05月18日付 Jam-e Jam紙


 赦しは復讐することよりも素晴らしいことであり、それ〔=赦しの言葉〕を口にすることは容易である。このことに疑いの余地はない。しかし、被害者遺族が置かれている状況を完全に理解することができれば、「赦す」ということはそれほど容易なことではないということが分かるだろう。

 重要なのは、殺害された側が殺人を招いたり、自らの死をお膳立てしたりすることに関わっていたような事件では、〔殺人犯への〕容赦を求めることは可能だが、しかし殺害された者が悲惨な形で前科のある殺人犯〔の殺害行為〕に巻き込まれてしまったような場合、「赦し」を口にすることは公正でないだけでなく、法と社会に危険を及ぼすものだと考えられる点だ。

 同害報復(キサース)には「一般」と「個別」の二つの側面がある。被害者遺族が〔加害者へのキサース免除で〕同意した場合、キサースは無効となるが、しかし犯された罪の一般的側面から言えば、法は〔殺人に対し〕3年から10年の禁固刑を定めている。つまり、もし被害者遺族が同意すれば、裁判所は被告人に、犯された罪の種類に鑑みて、3年から10年の禁固刑を言い渡すことができる。

 〔しかし〕一部の犯罪者は、「生来的犯罪者」と名付けることが可能である。というのも、このような者はいかなる条件下にあっても罪を犯すものだからだ。専門家らの意見によれば、こうしたケースでは〔被害者遺族から加害者へのキサースを免除するための〕同意を得ようと努めることは正しいこととは言えない。なぜなら、前科のある犯罪者は以前も禁固刑に処されたことがあり、最初の刑罰は彼の矯正の役には立たなかったからだ。それゆえ、〔こうした犯罪者へのキサース免除で〕同意が得られようものなら、犯罪者は釈放された後、再び社会に害を及ぼすであろう。

 その一方で、一部の殺人は偶発的、ないし計画性をもたずに起きる。例えば、殺人事件の多くは誤解が原因であるとして、検察では捜査されている。こうした事件の容疑者には犯罪歴がなく、立派な家庭の大黒柱であったりする。このようなケースでは、〔キサース免除の〕同意を得るべく努めることが必要だろう。

 刑事検察庁テヘラン殺人特別第3課の予審判事で、テヘラン州刑事裁判所の死刑・キサース執行判事を務めたことのあるアリー・ジャムシーディー判事は、この問題に関して、ジャーメ・ジャム紙の取材に次のように述べている。

キサースは被害者遺族の持つ権利である。しかし、殺された側の者に過失がないわけではなく、殺人犯にも前科がないような場合、赦しを求めることが可能だろう。このようなケースでは、刑執行判事は〔被害者遺族からキサース免除の〕同意を得るために、刑の執行を遅らせる。なぜなら、受刑者は特別な状況で殺人を犯したのであり、現在後悔しているからだ。

 ジャムシーディー氏は主婦が殺害され、幼児が重傷を負った事件に言及している。この事件では、殺人犯は窃盗の目的で、不動産業者を装い被害者宅を訪れた。そして、被害者が彼に対して疑いを抱いたことに犯人が気付き、被害者を殺害、幼い子供もナイフでひどく切りつけたのだ。

 同氏は次のように付け加えている。

この事件に、私は大きな衝撃を受けた。というのも、殺害された被害者は悲惨な状態で命を落としたからだ。殺人犯は18にも満たず、また自分のしたことを弁解しようともしなかった。しかし、被害者遺族は刑執行の際に自らの権利、つまりキサースを放棄した。私は被害者遺族が〔キサース免除に〕同意するとは予想だにしていなかった。なぜならば、彼らはキサースを強く求めていたからだ。

つづく




本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:5213003)
(記事ID:34076)