ヘジャーブにまつわる懸念、各所から上がる(上)
2014年05月31日付 Jam-e Jam紙

 ヘジャーブをめぐる問題は、われわれの社会では、またイラン国民にとっては、問題であるとかないとかいった類の問題ではない。どのような状況にあるのか、の問題なのだ。

 われわれの社会でヘジャーブがどのような状況にあるのかは、今や根本的な懸念材料となっている。そしてこの懸念は路地裏やバーザールにいる民衆から文化問題の専門家、そして〔国の〕責任者にいたる多くの人々を悩ますものとなっており、警察の責任者や集団礼拝導師らも、これに対して勧告を出すまでになっている。

 実際、少し前のことだが、アーヤトッラー・ホセイン・ヌーリー=ハメダーニーはヘジャーブ問題をめぐって、「善を命じ、悪を禁じる」(勧善禁悪)〔というイスラームの教え〕が大都市では実践されていないことに警告を発していたし、テヘラン臨時金曜礼拝導師も昨日、ヘジャーブ普及〔の必要性〕を強調したのである。

 テヘラン臨時金曜礼拝導師のアーヤトッラー・セイエド・アフマド・ハータミーによれば、ヘジャーブをめぐる議論は今日の社会を取り巻く問題となっており、信仰心篤き信徒ら全員の懸念となっているという。

 同師は次のように付け加えている。

1386年〔2007/8年〕の文化革命最高評議会の決議は300の条項からなり、それは〔国の〕25の機関に成すべき仕事を指定するものであった。そしてヘジャーブの普及には、この決議を実行に移す以外、方法はない。〔ところが〕この決議は、これまでまったく実行に移されていない。この法律は包括的な法律であって、その施行によってヘジャーブ問題を軽減することが可能であり、また願わくば、我が社会のご婦人たちも宗教と国民の聖域を守ることになるはずであるのに、である。

 ヘジャーブはイスラームの確たる法規定の一部を成している。10を超えるコーランの節や数十にも及ぶ〔預言者やイマームの〕伝承も、ヘジャーブのことについて言及している。

 どのイスラーム法学者も、ヘジャーブの意味をめぐっては意見の一致を見ている。それによれば、ご婦人は自らを隠さなければならず、表に出してよいのは顔と両手の掌だけ、それもシンプルで化粧なしの状態でなければならないとされる。イスラーム法学者の説明によると、ヘジャーブは礼拝や断食その他のイスラーム法上の義務と同様、宗教上欠くべからざる当然の義務の一つである。篤信家や神を受け入れる人々、そしてイスラーム教徒であるならば、この法規定のことを知らない者はいない。

 テヘラン臨時金曜礼拝導師は演説の別の箇所で、ヘジャーブをめぐる問題について西洋諸国が不合理な態度を頑なに取っていることについて触れ、「非イスラーム的な国々はイスラーム教徒に対して不合理を働こうとするとき、いつもヘジャーブは禁じられているなどと言う。フランスでは、罰金すら科されているとのことだ〔‥‥〕」と指摘している。

 同師は、ヘジャーブの歴史はコーランやハディース、そしてファーテメやゼイナブのヘジャーブにまで辿ることができる一方、ビーヘジャービー(ヘジャーブ無着用)の歴史は、裸の状態でアリー・モハンマド・バーブの教説を宣伝していた女ゴッラトルエイン・バハーイーや「ごろつき」レザー・ハーンに辿ることができ、我らがシーア派信徒・イスラーム教徒のご婦人たちは〔当然のように〕ザフラー閣下やゼイナブ閣下を選ぶはずだと指摘した。

※訳注:ファーテメは預言者ムハンマドの娘で初代イマーム・アリーの妻。別名ザフラー。良妻賢母の象徴。ゼイナブはイマーム・アリーの娘で兄の第三代イマーム・ホセインの殉教を後世に伝えた人物。良き妹の象徴。アリー・モハンマド・バーブは、イスラームから分かれる形で19世紀にバーブ教を創始した人物で、ゴッラトルエイン・バハーイーはそのバーブ教の神学者。バーブ教とそこから発展したバハーイー教は、イラン・シーア派にとっては宗教の名に値しない異端的な教えの象徴。レザー・ハーンは20世紀にパフラヴィー朝を興した人物で、「近代化政策」の一環として、ヘジャーブの着用を禁じた。なお、「裸で」という表現は文字通りの意味ではなく、「淫らな服装」を意味する誇張表現。

アーヤトッラー・ヌーリー=ハメダーニーの警告

 これに先立ち、一部のマルジャエ・タグリード(シーア派宗教最高権威)らも国内でバッドヘジャービー(服装の乱れ)が蔓延していることに警告を発していた。例えば、今年〔3月21日〜〕の初め、アーヤトッラー・ホセイン・ヌーリー=ハメダーニーは、次のように言明している。

今やテヘランをはじめ一部の大都市では、ヘジャーブ問題をめぐって《勧善禁悪》が実践されていないのを、人々は目の当たりにしている。こうした地域では、ご婦人たちは髪の毛が見える状態のルーサリー(スカーフ)をかぶるだけで、事足れりとしている。こうした問題には対策が必要であり、《勧善禁悪》はこうした街でこそ、可能な限りしっかりと行う必要があるのだ。

 ゴムの神学校で教授を務める同師は、西洋諸国がイラン対して取っているスタンスについて触れ、「アメリカは人権擁護を主張する一方で、我が国におけるバッドヘジャービー取り締まり問題を目にすると、妄言を吐いては『イスラームという宗教には自由は存在しない』などと言い掛かりを付けてくるのだ」と強調した。

つづく




本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:8410105)
(記事ID:34265)