イラン石油産業、中国との蜜月の終焉(1)
2014年07月10日付 Mardomsalari 紙


我が国に対する経済制裁の拡大と共に、我が国の石油業界における中国企業のプレゼンスは、多くの損害をもたらしてきた。たとえ、欧米の有力企業がイラン市場に回帰し、中国企業がいくつかの石油プロジェクトから退いたことにより、イラン石油産業と中国との蜜月が、終焉したかに見えるとしても。

中国企業によるイラン石油産業への損害は、専門家らが世論への悪影響を考慮し、それへの言及を差し控えるほどである。石油産業に詳しい専門家と業界関係者らによれば、中国企業は自国の低品質な物品をイラン市場に流入させただけであり、イラン石油産業の技術発展に対し、何一つ良い影響を及ぼしてはいない。

我が国に対する国連の経済制裁が拡大するにつれ、中国企業はイランと多くの契約を結ぶようになった。イラン歴1392年[西暦2013年3月下旬~2014年3月下旬]に発表された統計によると、中国企業が締結した契約は、石油産業の上流部門[探鉱・開発・生産]に限っても300億米ドル[約3,046億円]にも上っていた。

我が国の3大油田-南アーザーデガーン油田、ヤードアヴァラーン油田、北アーザーデガーン油田の開発は、中国企業に委ねられ、さらに彼らはアーザーデガーン油田のMIKO(Mahyaran Industrial Company)社株式の70%を保有しようとしていた 。

中国企業が我が国の石油業界に参入したことによる問題は、現石油相が、就任するや否や、プロジェクトの遅滞が見られる契約企業――その一部は中国企業であった――を名指しで指摘した程だった。石油相はイランの契約相手である中国企業に対し、契約上の義務を一刻も早く履行すべきであると警告した。最初の措置として、ザンギャネ石油相は、中国企業数社をサウスパールスおよびノースパールス第11フェーズ開発計画から撤退させた。

CNPC[中国石油天然気集団公司]はイラン歴1388年[西暦2009年3月下旬~2010年3月下旬)]~1391年[西暦2012年3月下旬~2013年3月下旬]の期間に、サウスパールス第11フェーズ開発計画の契約事業者であったが、プロジェクトの実施を滞らせていたために、退去を命じられた。また、石油相は、アーザーデガーン油田の石油探索プロジェクトで事業を進めていた中国企業の退去への必要な警告と同社による警告無視を経て、最終的に同プロジェクトから撤退させたのである。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:8406055 )
( 記事ID:34735 )