Hasan Cemal コラム:カンディル・PKKキャンプにて、その1
2011年06月27日付 Milliyet 紙
PKKのリーダー、カラユランと胡桃の木の下で
PKKのリーダー、カラユランと胡桃の木の下で

二年ぶりにカンディルで再会したカラユランは、平和と第二の解決策を呼びかけた。

「2011年を解決の年にせねばならない、でなければ我々は抵抗を続ける。我々は今、決定的な岐路に立っている。トルコ大国民議会(TBMM)が休暇前に(当選した)議員の資格問題と新憲法に関して前向きな姿勢を示せば、平和的見通しは強まるはずだ。」

「我々はもう武力を望んでいない。我々は分離主義者ではない。アポ(オジャラン)は一か月前、政府に三つのプロトコルを提示しました。それは平和のための(2009年に続く)第二の解決策として捉えられうるものであり、武力の全面的な放棄を前提としている。」


カンディル山麓のとある場所。2011年6月25日金曜日。昼近く。私たちは大きな胡桃の木陰に座っている。ドカン、ドカン。大砲の音!
まるで私のすぐ後ろに打たれているかのようだ・・・。振り返って見ずにはいられない。ムラト・カラユランは、私の緊張に気づくと「ここからは遠いですよ」と言った。「イランは時々私たちの方へ大砲を打ってくる。私たちとPJAK(クルディスタン自由生活党)の関係が気に食わないんです。イランが気にしているのはあくまでPJAKですが・・・彼らもクルド人、私たちの兄弟組織です。」
またドカン!
自分がどこにいるのか決して忘れるなと警告するこの大砲の音にもすぐに慣れてしまう。
周りは美しかった。胡桃の木、赤い花を咲かせたザクロ、実をつけた桑の木・・・。
私たちは緑の中で「平和」を語っている。戦いを終わらせる平和のための条件もしくは「ロードマップ」について・・・。

カンディルにおけるPKKのリーダーであるムラト・カラユランの言葉をメモする。
「2011年を解決の年にせねばならない!」
すぐに付け加える。
「でなければ我々は抵抗を続ける。」

彼は次のことを繰り返し強調している。
1.「我々はもう武力による問題の解決を望んでいない。武力の放棄を望んでいる。」
2.「我々は分離主義者ではない。トルコを分裂させることを望んでいない。」
3.「我々は今、決定的な岐路に立っている。TBMMが休暇に入る前に議員資格問題と新憲法に関して前向きな姿勢を示せば、平和は深まり継続的なものとなる。」
4.「アポ代表は一か月前、イムラル島で政府に3つのプロトコルを提示した。『第一回目の解決策は2009年に成果無しに終わってしまった。今回のプロトコルを第二の民主的解決策と考ええることができるか?』とお聞きになるならば、私はその通りだと答える。」
5.「アポ代表の3つのプロトコルによって構想されるロードマップは、クルド問題における新たな解決策となる。民主的で憲法制定による解決プロセスの開始、武力の放棄・・・。つまり平和のためにとても重要な解決策である。」

■二年前、二年後・・・

私がカンディルを初めて訪れたのは二年前、2009年の5月初旬であった。あのときは別の道から、ランヤから山へ入った。
山々の間の深い渓谷にある、主に密輸業者が使う片側が断崖の騾馬道を、心臓をバクバクさせながら通って来たのだった。PKKのキャンプへと・・・。
今回の道はアスファルトだった。
さらに重要なエピソードは・・・

朝五時、夜が明ける頃、ザグロス氏はアルビルのホテルに私とナムク・ドゥルカンを迎えに来た。ニッサンの小型トラックで。
彼は言った。
「ハサン兄貴、あんたの名前は今からデルスィム(トゥンジェリの旧称)出身のザザだ。」
「デルスィムのザザ・・・。」
「その通り(Dogridir)!あんたの息子が十年前山に入った。今回はそいつのことが恋しくなって会いに来たんだ。ナムクは補助のために同伴している。あんたが年配だから・・・。」
私は頷く。
ザグロス氏は「よし(Dogridir)!」と許可する。
「その記者ベストを脱いで。ノートを隠せ。検問所ではこんなふうに軍隊式の挨拶をするように。」
出発した。まずセラハッティン、シャクラヴァ・・・次にヘリズ、ヘリファン・・・。ディヤナの環状線からカンディル山麓へ・・・。

カセットテープでアフメト・カヤの歌が流れる。

  俺はひどい目にあった
  君らには何事もないように
  お願いだから!

山々の姿は次第に威厳に満ちていく。レヴァンドゥズ・・・。山脈の向こうはイラン国境、50キロ先・・・。渓谷からは滔々と水が流れている。
ザグロス氏は民謡のカセットを取り換える。

  道は行く、ザグロス山脈へ
  ジュディ山へ
  山々は俺たちへの贈り物!

イラクのクルド民主党(KDP)の最終検問所を通過すると、ザグロス氏が私たちの方を向いた。
「ようこそ自由クルディスタンへ!これから先のことを俺たちは『メディア保護地域』と呼んでいる。つまりPKKの管理下の土地さ・・・」

PKKの最初の検問所。旗が掲げられ、アポのカラー写真が飾られている。
カラシニコフ銃を持った二人のPKKの番人のうち一人はイランのクルド人、もう一人はシリアのクルド人である。二人はたどたどしいトルコ語を喋った。

■胡桃の木の下で平和を語る・・・

今後の記事の中でふたたび報告する予定の運転手のザグロス氏とのこの旅の後、カンディル山麓のとある場所で、私たちは大きな胡桃の木の下に座って平和を語った。
そこには誰がいたか?

ムラト・カラユラン・・・
カンディルにおけるPKKのリーダーである。PKKが指導者と呼ぶオジャランがナンバーワンであることは言うまでもないが、カラユランはその次にあらゆる点でトップの地位にある。
正式な称号は非常に長い。
クルド語でKoma Civaken Kürdistan、略してKCKと呼ばれ、トルコ語ではクルディスタン社会連合と呼ばれる組織の執行議会議長である。カラユランはPKKの山岳及び都市組織のトップにいる人物だ。

ロナヒ・セルハト
KCKの執行議会と議長委員会のメンバーでもある。ブルサのウルダー大学で哲学を学んでいた1993年にPKKに加わった。

ゼキ・シャンガリ
KCK執行議会議員。初等教育卒業。バトマン県のベシリ出身。17歳のときドイツに渡り、労働者として働いていたときPKKに加わった。ドイツでの逮捕経験がある。息子が山で殉死した。この日の午後知りあうことになる娘は、ハノーファーで政治学を学び、現在博士課程に在籍している。

アフメト・デニズ
二年前の会合の席にもいた。カンディルの報道と渉外の分野の責任者。マルディン出身、高校卒業。以前はゲリラ活動をしていたが、今は政治活動をしている。
そして長年の間、この地域のほぼ全ての場所を共に訪れてきた私の相棒、ナムク・ドゥルカン。

そのほかには記録のためにビデオをとっているPKKの少女、その周囲には、緑の間から時折見えるカラシニコフ銃を手にして見張りをしているゲリラ戦士たち・・・。
前回と同じようにテープレコーダーをテーブルの中央に置く。

ムラト・カラユランとカンディルの大きな胡桃の木の木陰にすわっている。ドカン、ドカンと大砲の音が響く。「イランがときおり、こっちにうってくるんだ」という。

■「新しい憲法、公正な国内平和」

まずカラユランに話を聞く。他の皆は黙っている。ムラト・カラユランはたまに、他に言うべきことがあるだろうか、あっただろうか、などと聞くかのように、ロナヒ・セルハトに尋ねる。彼は語句を区切り明瞭に話す。

私は主に最近の出来事について話を向ける。6月12日の選挙や、オジャランが行った停戦期間の延長についての6月15日の発表や、ハティプ・ディジュレの国会議員当選を無効とし、無所属当選したKCK裁判逮捕者の拘留を継続するという裁判所の決定に、話を振る。

カラユランはこう語った。
「今のトルコに必要なのは、解決をもたらす新憲法と公正な国内平和です。平和と民主主義によって、トルコは経済的にもより大きく豊かになる。中東に対する手本にもなるでしょう。」

そして付け加える。
「クルド問題は、平和や民主主義の点でトルコの足枷になっています。これを解決したら、より前進できるはずです。」
6月12日についても言及した。
「選挙結果はとても重要です。トルコが、平和と民主主義を進展させる機会が今、目の前に開きました。労働・自由・民主ブロック(=BDP系)からの36名の議員当選は、とても大きな進展であり成功です。クルド人は民主的なトルコと民主的な自治のために投票しました。クルド人は一つの『プロジェクト』に投票したのです・・・。いいですか、我々は『クルディスタン自治区』なんて言葉は全く、もしくはごくまれにしか使っていません。」

カラユランは次のように説明する。
「民主的自治は、トルコ全体を覆う考え方です。この自治がトルコ全土に拡大したら、トルコはもっと民主的になるはずです。なぜなら地方の行政が強化されれば、民主主義は血となり肉となります。中央一極主義は綻び、衰えるでしょう」

■カラユランからエルドアンへの呼びかけ・・・

カラユランは選挙における公正発展党の成功を認めている。彼はエルドアンへ以下のように呼びかけた。
「公正発展党(AKP)はトルコ社会から50%の票を得て、支持を確認しました。社会はAKPにトルコの問題を解決せよと、大きな責任を課しました。今、クルド問題を解決するという政治的決意が必要とされています。50%もの票を得た党とそのリーダーは、この政治的決意を示さねばなりません。」

そして次のように続ける。
「我々は6月12日以後については、平和に期待を持っています。しかしハティプ・ディジュレの当選無効や、拘束中のKCKの議員に関するニュースは、我々のこの平和への期待をひどく損ないました。クルド問題の解決における決定的な岐路に立っているこのときに、そして我々が平和を期待しているこのときに、ベキル・ボズダー(公正発展党会派副代表)の発言が飛び込んできました。ディジュレが今置かれている状況とエルドアンの2002年の状況の間に類似点は無い、と・・・。

我々はそれを聞いてこう理解しました。彼らにとってクルド人の政治活動を(自分たちと同等と)認めることは屈辱的なことなのだと・・・。2009年3月、平和民主党(BDP)の地方選挙での成功のあとで、KCKに対する数々の作戦や逮捕の嵐が始まりました。今度はこれです・・・。我々は(労働・自由・民主主義)ブロックの議員たちの国会ボイコットを支持しています。国会で具体的な一歩を踏み出さねばなりません。ハティプ・ディジュレとKCC逮捕者たちの状況を正さねばなりません・・・。それが実現するまでは国会ボイコットを続けてほしい。」

■エルドアンが解決したら歴史に残る。

カラユランは、エルドアンに次のように訴えている。
「今、社会の平和の扉を開けるか否かは、エルドアン首相にかかっています。当選した議員の資格問題を解決することも、クルド問題における根本的な解決の扉を開けることも、公正発展党のリーダー次第です。今トルコが必要としているのはこんな歴史的指導者なのです。これを実現できたリーダーは、歴史に名を残すでしょう。」

■アポが一か月前、政府に提示した3つのプロトコル・・・

オジャランと政府のオジャランとの会談に話が及ぶと、ムラト・カラユランは以下の通りに語った(以下は彼の言葉通り)。

「指導者アポは一か月前、独自の3つの短いプロトコルを政府に提案しました。これは解決のためのプロトコルです・・・
プロトコル1:タイトルは『トルコにおけるクルド問題の民主的解決の原則』。つまり民主的な新憲法について。
プロトコル2:トルコの国家と社会の関係における、公正な平和に関する原則について。
プロトコル3:民主的で公正な平和のための緊急行動計画・・・

全てのプロトコルは2ページから成り、密度の高い文書になっています。一か月前アポと面会した政府関係者は、このプロトコルを否定していません。彼らは『議論されうる文書である』と言い、これについて国家や政府と議論することを明らかにしました。
我々は彼らからの返答を待っています。
6月14日のイムラル島での面会で、アポは返答を待っていました。しかし明確で具体的な返答はありませんでした。」

ムラト・カラユランは、アポのプロトコルに関し、次のように続けた。
「このプロトコルが構想しているのは、「民主的な国民demokratik ulus」という枠組みでの新憲法制定を含み、トルコの全民族的アイデンティティの承認を基礎とする社会的平和プロジェクトです。

プロトコルには、相互的な恩赦を原則に、武力の完全放棄や武装解除に関する条件も書かれています・・・。

憲法委員会の設立を求めています。そこにはTBMMに議席を持つ諸政党から、それぞれ同人数の委員が参加します・・・。市民団体や国家官僚からも代表者が参加することのできる委員会です・・・」

カラユランは、私の質問に対し「民主的な国民」のコンセプトを次のようにまとめている。

「一元的でない、複数のアイデンティティからなる国民です・・・。各アイデンティティ集団に母語が保証される。「民主的国民」による憲法の枠組みは、地方分権を基礎とし、自治の権利や、正しい国籍の定義も、含みます。こうしたシステムは、トルコの任意の諸集団を堅固にし、強化します。そして、こうした基礎のうえに、おのずと新たなトルコの未来が開けるのです。」

■アポと皆が面会する権利と、平和への道

プロトコルに含まれる、もうひとつの提案は次のものであるという。

「ひとつの、平和評議会が設立されることです。国家や、KCKや、中立的な人々や、知識人や、賢人たちから成る平和評議会です・・・。このような評議会は休戦の監視もしますし、武装解除の過程における責任も負います。この評議会自身か、もしくはそれと並列して設立される公正真実委員会(Adalet Hakikat Komisyonu)がその役割を務めます。

三つ目の提案についていうと・・・。
プロトコルの三つ目の提案は、このようなプロセスが滞りなく進むために、指導者アポと皆の面会を可能することです・・・。」

カンディルでのムラト・カラユランとの5時間に及ぶ面会は、一日では語り尽くせない。明日のコラムでもさらに、興味深い話が続く。

続き:
その2
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20110629_063810.html

その3
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20110704_030620.html

その4
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20110704_163105.html

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( 翻訳者:篁日向子 )
( 記事ID:23053 )